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聖書の読み方、御言葉の学び方
〜ミニガイド〜

わが子よ。もしあなたが、私のことばを受け入れ、
私の命令をあなたのうちにたくわえ、
あなたの耳を知恵に傾け、
あなたの心を英知に向けるなら、
もしあなたが悟りを呼び求め、英知を求めて声をあげ、
銀のように、これを捜し、隠された宝のように、これを探り出すなら、
そのとき、あなたは、主を恐れることを悟り、
神の知識を見いだそう。
主が知恵を与え、御口を通して知識と英知を与えられるからだ。

箴言2章1〜6節

ステップ1:観察(Observation)What do I see?

観察というのは誰にでも出来ます。しかしじっくり細かい観察をしようと思うと、案外訓練を要するものです。以下の事柄は、御言葉を読むにあたって、書かれていることをじっくり観察するのに役に立つはずです。

(1)キーワードを探せ!

ここでいうキーワードとは、筆者がその箇所で言わんとしていることを表現するのに重要な意味を持つ語句のことです。たとえば、ヨハネの福音書では、「信じる」という語句がたくさん出て来ます。(新改訳聖書の場合、マタイの福音書では三回、マルコでは五回、ルカでは0回、ところがヨハネの福音書では37回です!)しかもいつも動詞形なのです。ヨハネは意図的に目的をもってこの「信じる」という動詞を繰り返し用いたのでしょう。繰り返し出てくる語句やフレーズには要注意!です。また、必ずしも繰り返し出てくるわけではなくても、何らかの形で強調されている語句/フレーズ/概念もあるかもしれません。

このように、聖書のどの箇所を読んでも、キーワードと思われる語句が見つかるはずです。(しかし、学校の国語のテストではないのですから、間違えて関係ない語句をキーワードだと思ってしまったらどうしよう、というような心配はなさらないでくださいね。同じ箇所を読んでいても、その時の自分が置かれている状態、直面している問題によって、キーワードとして私たちの目に飛び込んでくる語句は違っていることもあるかと思いますよ。)

(2)構造に注意せよ!

御言葉を読むときに、私たちが注意すべき構造には少なくとも二種類あるでしょう。ひとつは文法構造、もうひとつは文章構造です。

文法構造に注意して読むとは、たとえば「主語」は何であるのか、「目的語」は何か、「動詞」は何か、「単数形」か「複数形」か、「受け身」か「能動体」か「命令形」か、「時制」はどうなっているか、そのようなことに注意を払うことです。ただ、日本語の場合、単数複数の区別はあまり明確ではありませんし、時制もわりと曖昧なことがありますね。また英語なら同じ単語でも大文字で始まるか小文字で始まるか、という区別もあり、それが結構重要な鍵を握っていることもありますが、日本語では残念ながらそれも曖昧です。ですから、たとえ英語は苦手という方でも、一冊英語の聖書も手もとにあると、何かと参考になるかと思います。また英語の聖書でなくても、日本語の聖書の違う訳(口語訳、新改訳、新共同訳、リビングバイブルなど)をいくつか読み比べてみても、新たな発見があるかもしれません。

文章構造とは、たとえば「質問と答え」、「原因と結果」、「対比」、「比較」、「並列/列記」などのような文章やパラグラフ等の構成のされ方、また「しかし」「もし」「ですから」「そこで」「そして」といった接続詞の前後の文章/パラグラフの関係などのことです。

これらのことに注意を払いながら読んでいると、それだけで読み方に随分メリハリがついてきますし、案外いろいろなことに気付くものです。

(3)背景を知ろう!

これも単純なことなのですが、聖書を読むときに意外と見落とされているかもしれません。

たとえばそれぞれの福音書や書簡、または預言書などを書いたのは誰か、どういう地位、立場にあった人でどういう経験をしてきた人なのか? 読み手には誰が意図されていたのか、ユダヤ人かローマ人かギリシャ人か、どういう状況に置かれている人たちか? 書かれた年代、時代/文化背景は? 地理関係は? ・・・等々。

これらのことを知るためにはちょっとした参考書が必要になるかもしれません。私の場合は、洗礼を受けたときに教会から「ハーレイの聖書ハンドブック」(ヘンリー・H・ハーレイ 聖書図書刊行会)という参考書をいただき、これがなかなか役に立ちました。

また、このようなおおまかな背景だけでなく、読んでいる箇所のそれぞれの背景にも気を配りましょう。たとえば、そこに書かれている情景は、朝か昼か夜の出来事か、場面はどこか、人目につく屋外か、プライベートな場所か・・・

なんだか聖書を読むのも随分楽しそうな気がしてきませんか?

(4)では試しにやってみよう!

お手元の聖書の使徒の働き一章を開き、まず1節から11節まで読んでみてください。それから、8節を特に一緒に見てみましょう。

しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、
あなたがたは力を受けます。
そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで
わたしの証人となります。

この箇所を読んで、どんなことが観察されますか?
先に述べたキーワード、文法/文章構造、背景などに注意してみてください。

まず、「使徒の働き」を書いたのは誰でしょう? 誰が誰に宛てて書いたものでしょうか? 一節によると、テオピロという人に宛てて書かれたものであることがわかります。「前の書で」と言っているので、これが以前書かれた別の文書の続きであることもわかります。聖書の欄外を見ると、「テオピロ」のところについている数字(1)の部分はルカ1:3と関連があると記されています。ですからいそいでルカ1:3を見ると、ルカによる福音書がやはりテオピロ宛てになっていることがわかります。ということは、「使徒の働き」もまたルカがテオピロに宛てて、先に書いた福音書と呼ばれるようになった文書の続きとして書かれたことがわかりますね。(時間があれば、ルカがどのような人物だったのかも調べてみると面白いでしょう。)そしてルカが先に書いた文書(すなわち「ルカの福音書」)の中心テーマは「イエスが行い始め、教え始められたすべてのこと(1節)」であり、今回ルカがその続きとして書いているこの文書(すなわち「使徒の働き」)は、使徒たちに受け継がれた「イエスが行い始め、教え始められた」働きについてであることがわかります。(他にも気付くこと、わかることはいろいろあるかと思います。是非、御言葉の学び用ノートをつくって、書き留めていくようにしてはどうでしょうか?)

それでは、8節の上記の箇所をしゃべっているのは誰でしょう? 誰が誰に向かって言っているセリフでしょうか? また、このセリフが発せられている場面/状況はどのようなものですか?

3節から読んでいくとすぐにわかることですが、これは、イエス様と使徒たちの間でかわされた対話の一部です。イエス様が十字架の上で死なれ、蘇られ、その後40日間人々の前に現れて、弟子(使徒)たちと時間を過ごされ、再び天に上げられる直前のこの時、使徒たちにある命令をお与えになりました。それは「エルサレムを離れないで、わたしから聞いた父の約束を待ちなさい。ヨハネは水でバプテスマを授けたが、もう間もなく、あなたがたは聖霊のバプテスマを受けるからです。(4、5節)」ということでした。それに対して使徒たちは「主よ、今こそ、イエスラエルのために国を再興してくださるのですか(6節)」という質問を発しています。その使徒たちの質問に対するイエス様の答えが7、8節で、8節はイエス様の答えの後半部分ということになります。

8節は「しかし」という逆接/対比を現す接続詞で始まっていますね。このような接続詞は要注意語句なので、その前後をよく比較し、吟味してみるといいでしょう。

7、8節からわかることは、「しかし」の前の部分に関しては、天の御父の権威によって定められていることなのであなたたちは知らなくてもかまわない、「しかし」、次のことは大切なことですからよく心に留めて覚えておきなさい、とイエス様が念を押しておられるということです。

  「いつとか、どんなときとかいうことは、あなたがたは知らなくてもよい」

                  ↓

                「しかし」

                  ↓

  「聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。・・・」

イエス様から使徒たちへの最後の言葉としてこれを言い残して使徒たちの目の前で天に上げられていったのですね。それだけでも、このイエス様のセリフがいかに重要な意味を持ちうるのか、想像できますね。

さらに観察を続けましょう。イエス様のこの重要なセリフは「使徒」たちに向かって発せられました。「使徒」とは誰でしょうか? どのような人々だったでしょうか? 試しにあなたが「使徒」たちについて知っていることを列挙してみてください。例えばこんな感じでしょうか?

(a) イエス様が公の務めをなさった約三年間の間、イエス様の一番身近にいて行動を共にしていた。

(b) 全員ユダヤ人。

(c) イエス様ご自身によって選ばれた。

(d) イエス様の十字架の死と復活、またイエス様が行った数々の奇跡を目撃した。

(e) 復活後はじめてイエス様が彼らの前に姿を現したとき、イエス様によって「聖霊を受けなさい」と息を吹きかけられた。(ヨハネ20:22)

・・・等など

観察はまだ続きます。8節は二つのセンテンスから成り立っていますが、まず一つめの文章の主語、述語、目的語は何ですか? 

主語は「あなたがた」、つまり、今見たばかりの「使徒」たちのことですね。述語は「受けます」、受けるもの(目的語)は「力」です。述語の「受けます」の時制は何ですか? 英語("shall receive")ほど明確ではありませんが、過去形でもなく現在形でもなく、未来形であることはわかりますよね? 「受ける」とはどういう意味でしょうか。内側から出て来るのでなく、外側から与えられるものをいただくことですね。

さらに、この一つめのセンテンスには条件節「聖霊があなたがたの上に臨まれるとき」というのがついていますね。 

「聖霊」とはどなたのことですか?

次のセンテンスには「そして」という接続詞でつながっています。上記の条件節は、次の文章にまでかかってくるようです。

つまり

 「聖霊があなたがたの上に臨むとき」→ 「あなたがたは力を受ける」

                     そして

                    「・・・わたしの証人となる」

という文章構造になっているわけですね。「力を受ける」のと「証人になる」ということが起きる順番にも注意してください。力を受けるのが先で、それから証人になるのだとイエス様は言っておられます。

続けてこの二つめのセンテンスを観察しましょう。主語は省略されていますが、「あなたがた」すなわち使徒のことですね。述語は「(証人と)なります」です。時制は先程と同じく、未来です。誰の証人ですか? 「わたし」、すなわち「イエス」様ですね。

「証人」とは何をする人のことでしょうか? 先ほどの「使徒」「聖霊」「受ける」などの場合もそうでしたが、さりげなく使われている言葉の意味も、適宜確認してみましょう。

「エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで」という部分もじっくり観察してください。エルサレムとはどういう場所ですか? 今、使徒たちがいる場所ですね? 他にもエルサレムについてわかること、エルサレムと使徒たちとの関係についてもわかることを列挙してみましょう。

エルサレムの次に「ユダヤとサマリヤの全土」という場所が出てきます。エルサレムとユダヤとサマリヤがどういう地理関係になっているのか、是非、当時の地理を現す地図を見てみてください。

エルサレムというのは、ユダヤ地方の一都市の名前です。たとえばユダヤ地方のエルサレムといえば、神奈川県の横浜というような関係でしょうか。

エルサレムはユダヤ地方の中の町ですが、ユダヤ地方がさらにサマリヤに含まれるというわけではありません。福音書のなかによく登場する地方には「ユダヤ」と「サマリヤ」と「ガリラヤ」がありますが、ユダヤ地方のすぐ北にあるのがサマリヤ地方、さらにその北にあるのがガリラヤ地方です。

「サマリヤ」と聞くとき、何か思い出すことがありませんか?「良きサマリヤ人のたとえ」とか「サマリヤの女」などの逸話が新約聖書には出てきますが、サマリヤ人とユダヤ人は、あまり折り合いがよくなかったのでしたね。

さてさて、ここまで観察してきただけでも、随分いろいろなことがわかったのではないでしょうか? 「観察」のステップとは、その時読んでいる御言葉の箇所に書かれている「事実」をとりあえず押さえることです。どんなに些細なことのように思われる事柄でも、そこに思いがけない鍵が隠されているかもしれません。また、初めて読んだときには見逃した事実も、別の機会に読むときには、まるでボールド体で書かれているかのように目に飛び込んでくることもあるでしょう。

初めて読んで全てを網羅しようと思う必要はないと思います。私たちの目を真理に対して開かせてくださるのは聖霊様なのです。その時々に必要な事実は聖霊様が私たちに示して下さると信じて、「今」学んでいる箇所をじっくり繰り返し読みましょう。

これだけいろいろな事実が観察されると、早く次のステップ「解釈」に進みたくてうずうずしておられるのではないでしょうか? (^^) 次のステップでは、最初のステップで観察したことを組み立てて、それが何を意味しているのか考察します。

ステップ2:解釈(Interpretation)に進む

参考文献


Living By the Book」 Howard G. Hendricks/William D. Hendricks,1991 シカゴ、ムーディープレス

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