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Elohim (造り主)

「初めに、神 [Elohim] が天と地を創造した。」(創世記1章1節)

聖書は旧約聖書と新約聖書から成り、旧約聖書の一番初めの書が創世記です。したがって創世記の第一章一節というのは、聖書の一番初めに書かれている言葉です。聖書の一番初めに明記されていることが、この「初めに神が天と地を創造した。」ということでした。

旧約聖書はヘブライ語(とアラム語)で書かれていますが、この箇所の「神」はヘブライ語ではElohimという言葉が使われています。旧約聖書内で日本語で「神」と訳されている単語のほとんどがこのElohimという言葉だそうです。(ほかには「Jehovah(主)」という言葉が「神」と訳されている箇所もあるそうです。)

このElohimという言葉の「El」の部分は「力強い」という意味を表わす接頭語で、ヘブライ語では神を表わす様々な単語にこの「El」がついています。「Elohim」の「him」の部分はヘブライ語で複数形を表わす接尾語で、三つ、またはそれ以上であることを表わしているそうです。つまり、上記の聖書の言葉は「初めに神々が天と地を創造した。」と訳すことも可能であるわけです。

しかし、だからといってElohimというヘブライ語は複数の神がいることを意味している わけではありません。申命記(旧約聖書)6章4節では「主は私たちの神 [Elohim]。 主はただひとりである。」と書いてあります。

ただ一人なのに複数とはどういうことでしょうか?これはキリスト教の神学では「三位一体(さんみいったい)」といって、神はただひとりであるけれど、父なる神、子なる神キリスト(イエス)、そして聖霊なる神の三つの独立した神格をもっていらっしゃるということなのです。私は神学者ではないのでこれ以上の詳しいことは書けませんが、創世記の一章一節のElohimが天と地を創造した、という御言葉は、父・御子・御霊、三位一体の神がこの創造の御業をなされたことを示唆しているようです。創世記1章2節では、創造の過程において「神の霊」が働かれていたことが記されていますし、新約聖書のコロサイ人への手紙1章16、17節では「万物は御子(イエス)によって造られ、御子のために造られたのです。御子は、万物よりも先に存在し、万物は御子にあって成り立っています。」と書かれています。さらに創世記の1章26節でも、「神[Elohim]は、『われわれに似るように、われわれの形に、人を造ろう。…』と仰せられた。」 とあります。父・御子・御霊、三人でひとつ、一人で三つの三位一体の神様が、この天と地とその間にある全てのもの(人間も含む)の造り主なる神なのだと、聖書はその一番初めに語っているのです。

この広大な宇宙、そしてその中にある全てのものをお造りになった神様は、一人一人の人間もそれぞれにユニークな存在(この世の中にたった一人だけ、他にとって代わる者はなく、独特で特別な存在)としてお造りになられました。

「それはあなたが私の内臓を造り、
 母の胎のうちで私を組み立てられたからです。
 私は感謝します。
 あなたは私に奇しいことをなさって、恐ろしいほどです。
 ["I am fearfully and wonderfully made"]
 私のたましいはそれをよく知っています。
 私がひそかに造られ、地の深い所で仕組まれたとき、
 私の骨組みはあなたに隠れてはいませんでした。
 あなたの目は胎児の私を見られ、
 あなたの書物にすべてが書きしるされました。
 私のために作られた日々が、
 しかも、その一日もないうちに。」(詩篇139篇13ー6節)

詩篇(旧約聖書)のこの箇所からは神様が私のことを、またあなたのことを、特別の思い入れをもって造られたことがうかがわれます。「人間」と十把一絡にして特定の種の生物を造ったというのではなく、私たち一人一人を大切に、精密に、素晴しいものに造ったというのです。しかし、この宇宙をもお造りになることが出来る神様が、何のために私のようなものをわざわざ造られたのでしょうか。

わたしの名で呼ばれるすべての者は、
 わたしの栄光のために、わたしがこれを創造し、
 これを形造り、これを造った。
(イザヤ書43章7節)

神様の栄光のために私は造られた… ヘブライ語の「栄光」という言葉には「正しい意見、または評価を与えること」という意味合いがあるそうです。つまり私は、自分の存在を通して、私を知る人に神様がどのようなお方であるのかという、神様についての正しい意見または評価を与えるために造られたのです。私の存在を通して、また私の生き方を通して、この世が神様がどのようなお方であるのかを知るようになるために、この私が造られたということなのです。こんな取るに足りない私ですのに、神様はこんなにも壮大な目的をもって私を造って下さったのです!これは全ての人に --クリスチャンにもノンクリスチャンにも-- 当てはまることです。 けれども私は神様の栄光を現わすための単なる道具として造られたのではありません。

主よ。われらの神よ。
 あなたは栄光と誉れと力とを受けるにふさわしい方です。
 あなたは万物を創造し、
 あなたのみこころのゆえに万物は存在し、
 また創造されたのですから。
」黙示録4章11節

新約聖書はギリシア語で書かれていますが、ギリシア語の参考書によると、黙示録4章11節の「みこころ」に相当する単語"Thelo"は次のような意味であると書かれています。"The will as an expression or inclination of pleasuretowards that which is liked, that which pleases and creates joy. Used to designate what God Himself does of His own good pleasure." 「好ましいもの、また慕わしく喜ばしいものに対する喜びの表われとしてのみこころ。神様が自分自身の喜びのためにご自身でなさることを示すときに使われる。」

神様は機械的にこの全地全宇宙そして私たち一人一人を造られたのでなく、ご自分の喜びのために造られたと聖書には書いていあるのです。私たちは何かの偶然の産物ではなく、神様が意図的に、喜び慈しみ大切にするために造られたのです。それが私であり、あなたなのです。

「初めに、神 [Elohim] が天と地を創造した。」

主よ、天と地とそのうちにある全てのものをお造りになった Elohim なる神よ。あなたの御名が賛えられますように!

もしも、今これを読んで下さっている皆さんの中に神様を信じてみたいと
思っておられる方がいらっしゃいましたら、この子羊のマークをクリックしてみて下さい。

参考文献

4gzus@nakamurafamily.net