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The Great I AM

El Roi (ご覧になる神)

自分の好きな人、大切な人に隠し事をしたことはありますか? お母さんとか、妻または夫とか、恋人や親友とか。その時、どんな気持ちでしたか?

隠し事が見つかってしまうのではないかとハラハラしたり、本当は全部打ち明けたいのに打ち明けることができず苦しくなったりしませんでしたか? 隠し事をするのは気持ちのいいものではありませんが、相手が自分にとって大切な人であればなお一層、嫌なものですよね。

神様に隠し事をしたことはありますか? 誰も知らない、自分の心の中だけにある密かな思い。絶対に誰にもバレるはずのない、上手についた嘘。あたかも何事もなかったかのようにいつもと同じように教会に行き、神様を礼拝する。いつもと同じように聖書を開き、いつもと同じようにお祈りをする。

でも、神様に隠し事なんてできますか? できませんよね。そうです。神様は全てをご存じ、全てをご覧になっておられるのですから。

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もしも本当に神様がいるのなら、もしも本当に神様が主権を持って全てのことをその御手で治めておられるのなら、どうしてこんなひどい事がおきなくてはならないの? なぜ私ばかりがこんな目にあわなくてはならないの? そのように思ったことはありますか? どうか気落ちなさらないでください。

神様は全てをご存じ、全てをご覧になっておられるのですから。あなたが今通っている苦しい状況も、あなたが理不尽に受けたひどい仕打ちも、神様は全てご覧になっておられるのですから。定められた時が来たら、必ず神様はあなたを助け出し、あなたを高くあげ、あなたに報いてくださいますから。

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昔々、まだ人間の歴史が始まったばかりの頃、アブラムとサライという夫婦がいました。この二人には子供がいなかったのですが、ある時神様がアブラムとサライに子供を与えるという約束を下さいました。二人はこの約束が現実のものになるのを今か今かと待っていたのですが、いっこうに子供は与えられず、アブラムはすでに90歳近くになってしまいました。あせったサライは自分の待女でまだ若いハガルをアブラムに与えることにしました。ハガルにアブラムの子供を生ませ、その子供を自分たちの子供とすればよいと思ったのです。サライの計画通り、ハガルはアブラムの子供を宿したのですが、自分が妊娠したと知るとハガルは主人であるサライを見下すようになりました。サライは怒りました。もとはといえば自分で蒔いた種だったのですがそんなことは棚にあげ、サライはハガルのことをいじめはじめたのです。ハガルもハガルですね。自分が妊娠したことで、主人よりも優位に立ったつもりになったのでしょうか。

いじめられて辛くなったハガルはサライのもとを飛び出し、自分の出身地であるエジプトに向かいました。 ハガルはどんな気持ちだったことでしょう。主人の命令で好きでもない男性のところへ行かされその子供を宿すようになったのに、今度はそのせいでいじめられなくてはならないなんて… エジプトへの道のりは遠いし、こんな体ではたして無事に国へ帰れるのだろうか… さぞかし不安だったに違いありません。荒野の泉のほとりに腰をおろしたハガルはきっと悲しいやら悔しいやら不安やらで泣いていたことでしょう。

ちょうどその時、神様の御使いがハガルのもとに現われたのです。

 「主の使いは、荒野の泉のほとり、シュルへの道にある泉のほとりで、彼女を見つけ、『サライの女奴隷ハガル。あなたはどこから来て、どこへ行くのか。』と尋ねた。彼女は答えた。『私の女主人サライのところから逃げているところです。』そこで、主の使いは彼女に言った。『あなたの女主人のもとに帰りなさい。そして、彼女のもとで身を低くしなさい。』 また、主の使いは彼女に言った。『あなたの子孫は、わたしが多いにふやすので、数えきれないほどになる。』 ……
そこで、彼女は自分に語りかけられた主の名を『あなたはエル・ロイ。』と呼んだ。それは、『ご覧になる方のうしろを私が見て、なおもここにいるとは。』と彼女が言ったからである。」 

創世記16章7〜10、13節

神様は確かに全てをご覧になっておられました。サライのしたことも、またハガルがサライに対してどのような態度を取ったのかも。そしてハガルにとってどうすることが一番よいのかもご存じでおられる神様は、ハガルになすべきことをはっきりと語って下さったのでした。ハガルにとってサライのもとへ帰って身を低くすることは決してたやすいことではなかったかもしれません。けれどもハガルは御使いの言葉に従い、サライのもとへ帰って無事に男の子を出産し、その子孫は多いに増やされました。

神様には隠し事は出来ないし、隠す必要もないのです。隠し事がばれるのではないかとびくびくする必要もないし、世の中が不公平だといって嘆く必要もないのです。全てをご覧になっておられる神様は、ちょうど神様の御使いがハガルを見つけて語りかけて下さったように、時が来たら私たちの置かれている状況に介入して下さり、私たちになすべきことを示して下さるのです。神様が私たちに「こうしなさい」と語って下さることは、もしかしたら私たちが隠しておきたいと思っていたことに直面し、それを明るみに出して適切な対処をすることかもしれません。もしもそういうことがあったなら、勇気を出して神様の語られる御声に従いたいものです。

この世の中で、何ひとつとして神様の御前から隠されているものはありません。主の御名は「El Roi (エル・ロイ:ご覧になる神)」。確かに神様は私たちの回りの状況もご覧になっておられますが、何よりも神様が一番よく見ておられるのは私たちの心の内側なのかもしれません。

もしも、今これを読んで下さっている皆さんの中に神様を信じてみたいと
思っておられる方がいらっしゃいましたら、この子羊のマークをクリックしてみて下さい。

参考文献

4gzus@nakamurafamily.net