ホームぼぼるパパの部屋研究日誌2002年5月

日々の研究

by 

ぼぼるパパ

2002年5月31日

3時から環境地球流体力学のセミナー。ケンブリッジではすでに去年の8月に1回と、11月に2回セミナーをやっているので、これが4回目である。奇しくも、小生のあとの4時半からの学科全体のセミナーは、やはりシカゴ大学からPeter Constantinを特別ゲストとして迎え、George Batchelor記念講演と銘打って大々的に宣伝されている。Peter ConstantinといえばLeo Kadanoffとならんでシカゴを代表する流体力学研究の看板。その前座を勤めさせていただけるのは光栄である。話の中身としては先週のオックスフォードでのtalkの焼き直しで、ケンブリッジでは去年の11月に前身となる発表をすでにしているので、新しい結果に絞って時間にも十分ゆとりがあるはずだった。

ところがところが。ケンブリッジの連中はオックスフォードと違って、身内の話の途中で黙ってなんかいない。例によってMichael McIntyre, Peter Haynes, Zoltan Neufeld, 化学科のJohn Pyleなどがたて続けに質問をし、あげくに聴衆同士で議論をはじめてしまう。それも、奇妙な固有モードの奇妙さは何によって測るのかとか、話の本筋とは全然関係のないところで勝手に盛り上がっていて、話し手である小生はいつのまにか蚊屋の外。そんなこんなで、あちこちで脱線させられたおかげで時間を超過し、最後には自分でも何をしゃべってんだかよくわからない状態で、とにかく結論のスライドを見せて切り上げる。こっちの話が終わっても聴衆の中ではまだ議論が続いており、まあ、話題提供者としての役割は十分に果たせたといえよう。同じ中身でも聴く相手によってこうも反応が違うかと大変興味深かった。

ティータイムをはさんで4時半からPeter Constantinのセミナー。前半はオイラー方程式の特異点についての解析でPeterの十八番という感じだが、後半はその結果を表面準地衡流へと応用し、回転水槽実験で測定されたkマイナス自乗則(マイナス5/3乗則じゃなくて)の解釈に発展させていた。数学的手法の細かいところは把握しきれなかったが、成層の存在が決定的に重要な表面準地衡流を、ほとんど均質な作業流体の回転水槽実験のモデルとすることにはかなり抵抗を感じた。

もう5月もおわり。しかし、3つの発表と2つのプロポーザルをはじめ、今月は一応それなりの結果を出したぞ。

2002年5月30日

午前中は、インターネットで見つけてきたジオポテンシャル高度のデータを読み込もうとして四苦八苦する。WMOの格子データの規格であるGRIBというフォーマットで書かれているのだが、これを読み込むためのソフトがなかなかMacにインストールできず、結局シカゴのサーバにデータを送ってそっちで解凍して別のフォーマットに書き換えてからもういちどこっちに送りなおすという、まどろっこしい方法をとる。

Chris Warnerによるランチタイム・セミナーは重力波砕波による流れの加速のパラメタリゼーションについて。波が臨界高度に達したところで砕波して完全にフィルター・アウトされるという理想条件下でのパラメタリゼーションを、より複雑なスキームと比較してみると、西風シアーが比較的強いジェット周辺ではよい近似を与え、東風領域でも定性的には同様の結果が得られることがわかった。この理想条件下のパラメタリゼーションのよいところは、波が静力学平衡を満たし回転の効果が無視できるなら、波の水平伝播速度が水平波長によらなくなるので、(擬運動量フラックスを直接パラメタライズのと違って)波の水平構造のスペクトル分解をすることなしに極めて簡単に加速度を求めることが出来る点である。現実には臨界高度に達する前に波の振幅が飽和して運動量を流れに放出することもありえるので量的にはやや問題もあろうが、背後にある物理的仮定が明解なので、理論的な研究のための道具としてはかなり有効であるように思われる。

さて明日はケンブリッジでセミナーである。オックスフォードでやったセミナーを改良すべく、いくつかのトランスペアレンシーに手を加える。

2002年5月29日

ちょうどひと月前、半日考えてあきらめたオゾン積分値と定常惑星波の量的関係についてもういちど考えてみる。前回は計算が煩雑になったうえに、まったく直観と異なる結果がでてきて釈然としなかった。そこで、圧縮性や速度依存性、回転や成層の効果も全部とりのぞいて、波の幾何学性とオゾン分布の関係のみに焦点をあて、最大限単純化したモデルで計算してみると、直観どおり、波の鉛直波長がオゾン層の厚みと同程度の時に積分値が最大になることが確認された。直観そのものが間違っていたわけではないことがわかり、やや気をとりなおす。前回のモデルをもう1度みなおして、何がまずかったのか点検すると、どうもオゾン分布の近似として想定していた式が現実ばなれしており、波の正弦成分へは直観通り射影しているが、余弦成分への射影が大きすぎて、これがありそうもない答えを生み出していることがわかった。しかし、定積分が解析的に求まるという当初の目的を満足させようとすると、これ以上現実的なプロファイルを導入するのは困難であるように思われる。仕方がないので、成層圏下部に正弦関数の0からパイまで、すなわちお椀をひっくり返したような「オゾン層」を入れることで手をうつ。これなら解析解がもとまるし、それでも前よりは現実に近い(というか、直観を正しく表現してくれる)。かくして、なんとかそれらしい答えをみちびくことができた。このモデルで現実をどこまで量的に把握できるか、TOMSのデータなどと照合するのが次のステップであろう。

査読中のJAS論文は小生の9年前の論文の追試なのであるが、そんな古い結果などとっくの昔に忘れてしまっていて、まずてめえの論文を勉強しなおすところから始めなくてはならない。

2002年5月28日

「あっ、私の論文を引用している人がいる!」となりでネットサーフをしていた家内が声をあげた。家内は1993年に認知心理学の博士号をプリンストンから取得しており、博士論文の中身を1995年にJournal of Experimental Psychology-Generalに出版している。テーマは、「皮肉に関する理論」。その論文がどこぞのテキストに引用されているのを発見したらしい。

家内はその後アカデミアから離れているが、この虎の子の論文には相当の思い入れを持っている。まず、理論のアイデアが彼女独自のもので、はじめはあまり理解を示してくれなかった指導教授も、しまいには納得したばかりかかなり高い評価をしてくれた。博士論文を仕上げているとき、ちょうど長女が生まれたばかりで、子守りをしながらの作業だった。そんな苦労をしながら書いた論文が、それっきりではなくて誰か別の人の目に留まったというのが、とても嬉しかったらしい。そんならと、ISIのCitation Indexを使って調べてみると、おお、全部で19回も引用されているではないか。(理論の論文でこの数字は決して悪くない。小生のもっと古い論文でもこんなに引用されてないのがいくつもある。)引用主の中には家内の学部時代の指導教官や大学院の先輩などもいて、学会にそれなりのインパクトを与えていることがわかる。

家内が感慨深そうにしているので、「どう、また研究に戻る?」と聴くと、「認知心理学はもうやらない。」ときっぱり。本人は研究職向きでないと公言してはばからないのである。ちょっともったいない気もするけど、その才能を今は家族のために惜しみなくささげてくれている。とてもとても、感謝している。

2002年5月27日

新しい一週間のはじまり。今週はNASAのプロポーザルの締め切りと、金曜にケンブリッジでのセミナーがあるが、前者はほとんど完成していてあとは事務手続きを待つだけ。後者は基本的に先週のオックスフォードと同じ中身なので準備は大体できてる。したがって、ようやく通常の仕事のペースをとり戻すことができそうだ。棚上げになっていたJAS論文の査読と、シカゴの学生の混合に関する論文へのコメントからとりかかる。また、2年前の卒業生であるYongyun Huが、以前からやろうやろうと言っていた共著論文の下書きを送ってきたので、これも読まなければならない。午前中はオフィスで論文を読んでいたが、昼は天気もいいことだし気分転換に外に出て、川向こうのパスタ屋で食事をしながら仕事の続きをすることにする。

運ばれてきたパスタを前に、ウェイトレスと小生の会話。

ウェイトレス「つぶ胡椒をおかけしますか」
小生「おねがいします」
ウェイトレス「いいところで言ってくださいね (Say when.)」
ガリガリガリ…。
小生「そんなもんでいいです」
ウェイトレス「チーズはいかがいたしましょう」
小生「かけてください」
ウェイトレス「いいところで言ってください」

とそのとき、さっきまで何か外がやかましいと思っていたのが、一段とすごい音がして、思わず窓から外をみると、枯れた大木を切り倒す作業をしていたクルーが、今まさにその木の幹を引き倒さんとしているところだった。バリバリッ。幹が弧を描いてゆっくり倒れる。その様子を見届けてからテーブルに向き直った小生は、がくぜんとした。なんと、小生が外に気を取られて言葉を失っているあいだ、ウェイトレスは律儀にもチーズをパスタの上に削り続けていたのである。「あっ、そんなにいらない…」言葉を出すタイミングを失してしまった小生は、雪のように白く積もったチーズをかきわけ、パスタを発掘する事態となった。

(ちなみに、Say when.と言われたからといって、When.などと答えてはいけない。こういうときは、That's good.とか、That's plenty.などと言う。)

2002年5月24日

オックスフォード行は無事終了。直前までどたばたした(今度は徹夜こそしなかったものの、行きの列車のなかでも発表原稿を作文している始末)にもかかわらず、終わってみればじつにあっけないもの。準備に何時間もかけた料理を3分で平らげてしまったような感じである。

昨日は列車を乗り継いで1時過ぎに雨のオックスフォード着。タクシーをおりてから少々道に迷ったものの、5分ほどで無事大気物理学科に到着。Martin Juckesの部屋に荷物を置いて、さっそくDavid Andrewsが主催する中層大気ラウンドテーブルをのぞいてみる。小生がシカゴで夏の間受け持っている大気力学ラウンドテーブルとフォーマットはそっくりだ。しかし、教官、学生あわせて15人くらいと出席者数は倍以上。Warwick Nortonが北極振動に関する数値実験の報告をしていた。(今や北極振動の花盛りで、どこへ行っても誰かしらがこれを研究している。)Warwickに会うのは6年ぶり。全然変わってなくて、あいかわらずやんちゃ坊主のようだ(失礼)。ちなみにDavid Andrewsには初めて会ったが、想像していたよりずっとやわらかい感じの英国紳士で、ちょっと意外だった。しかし、70年代に確立したAndrews & McIntyreによる波動力学の診断形式が、元祖であり本家である彼によって、びしっと学生たちに教えこまれているのがそこここに見てとれた。そのあとClaudio Pianiと成層圏微量成分の相互関係についてしばらく議論。小生の研究との関連においておもしろそうな論文の予稿を頂戴した。Warwickとは混合問題、熱帯の成層圏下部の循環などついて討議。リアプノフ指数と有効拡散係数の関係がここでも話題になった。

シカゴにプロポーザル関連のファックスを一通送らせてもらってから、John Barnettにガイドをたのんで地下にある測器制作室を見学する。目下2004年打ち上げ予定の人工衛星にのせる赤外分光測器HIRDLSを試作中とのことで、ほこりの侵入を防ぐため、入口で靴カバー、ジャンプ・スーツ、ラテックス手袋、シャワーキャップみたいなものまでかぶらされて、よろよろと入室。そういえば家内の出産に立ち会うため、大学病院の分娩室に入ったときもこんな格好をしたなあ。測器そのものは1.5メートル四方くらいの箱であるが、それをとりまく真空室やいろんな配管が空間を埋め尽くしている。HIRDLSの推定耐用年数は約5年。センサーの冷却は化学物質によらず機械的に行うそうだ。箱の中でスキャナーが上下に振れている様はいかにも繊細で、打ち上げ時の振動などで狂ってしまうのではないかと、余計な心配をした。他人が集めたデータをもとに机上で理論構築をやっている小生にとって、データ収集のためにいかに多大な労力と細心の注意がはらわれているかということを肌で学ぶことができたのは収穫であった。応用数学とデータ解析中心のケンブリッジにくらべ、オックスフォードはより広範に大気科学を扱っていて、ちょっと、NASAのGoddard Space Flight Centerの大気研を小さくしたような感じだ。

Martin Juckesと対流圏界面に関する話をちょっとして、4時15分から小生のセミナー。何でも、一番はじめに大雑把な「Atmospheric Mixing(大気混合)」という題をわたしておいたのを、オックスフォードの印刷室が間違えて「Atmospheric Mining(大気採鉱??)」と大学の週報に印刷してしまったらしい。まあミステリアスな演題はきらいじゃないので気にしない。トランスペアレンシーの数から行って(30枚弱)時間を超過してしまうのではないかと心配されたが、1枚1枚にはでっかい字で少ししか情報を入れなかったので、結構回転が早く、ちゃんと時間どおりにおさまった。David Andrewsは一番前でうんうんとうなずきながら聴いてくれ、質問もさすがに的を得ていた。Warwickもひとついい質問をしてくれたが、そのほか30人くらいの聴衆は波を打ったように静まりかえり、話の中身が彼らの興味の最大公約数からは離れていたのだろうと思われた。まあ、最新の理論研究の結果を1時間で専門外の人に説明せよというのだから、こういうことはよくある。

そのあと、ホスト役のClaire NewmanがTrinity Collegeまで送ってくれ、とりあえずゲストルームにチェックイン。小生がプリンストンで大学院生だったとき住んでいたGraduate Collegeはオックスフォードのコレッジを真似して作られただけあって雰囲気が似ていたが、さすが本家だけあって格調の高さが違う。部屋からは眼下に手入れの行き届いた庭がよく見えた。いったん学科に戻って、MartinとWarwickと街へくり出す。彼らがキャンパスの要所要所を案内してくれた。全体にケンブリッジにくらべ道幅も広く、空間的にゆったりした感じだ。インド料理屋でタンドーリのシーフードなどに舌鼓をうち、仕事の話をして、彼らと別れたのは8時半。まだうす明るかったが、部屋にもどって朝まで曝睡した。

2002年5月21日

この一年間のサバティカルの中に山があるとすればきっと今がそうだろうと思う。明後日のオックスフォードでの発表の準備はいよいよ押せ押せになってきて、(いつものことながら)発表で聴衆が見るのはほとんど今日と明日の二日間にひねり出した結果ということになりそうだ。しかも、きのうまで調子良く走っていたモデルが突然おかしくなり、NaN (Not a Number、難、Nakamura Nuked、要するに不具合が生じたということ)エラーが山のようにスクリーンを埋め尽くす。試行錯誤の末、各ステップでトレーサーから領域平均値をさしひくことにより、なんとかエラーが出なくなった。(と書くといかにも行き当たりばったりに聞こえるが、そもそも引かなければならない平均をいままで引き忘れていたのであり、たまたまそれでも正しい答えの出る初期条件を使っていただけのことだったのだ。)2台のラップトップを駆使して、計算と、発表用のスライドの作成を並行処理する。

このほか、来週AGUの春期大会に共著で出すことになっているポスターの原案がDoug君から送られてきたのにコメントをつけたり、NASAのプロポーザルに入れる予算を承認する係の人(シカゴ大学)が休暇中とかで、締め切りに間に合わせるため急遽代理の人を頼まなくてはならなくなったりとか、さらには学生の研究経過報告の採点などなど、よく考えてみればどれも必然性があるにもかかわらず、それでもなぜ今?と思いたくなるようなタイミングで、急を要する仕事がつぎからつぎへと舞い込んでくる。木曜を過ぎれば、すこしは落ち着くはずだが。

こういうとき一番ありがたいのは、「お父さん今が一番大変なときだから」といってそっとしておいてくれる家内と子供たちの気遣いである。ありがとう。

2002年5月20日

NASAのプロポーザルの有効消印締め切りがあと10日となった。原稿の校正に気合いが入る。集まった原稿をつなぎあわせてみると長すぎるので、削れるところを削る作業をする。しかし、だ。みんなが知恵を絞って書いた原稿であるからして、一か所を削ると他とのつながりが失われたり、おいそれと鉈のふるえるような無駄な部分があまりない。執筆者ひとりひとりと、この図面はなしですませられないかとか、ここの段落は次の章とやや重なるので落とせないかとか、このしょうもないジョークはやめようぜとか(冗談です)地道に連絡を取りながら少しずつ長さをつめていく。そうこうしているうちにどうも大学のPOPサーバがダウンしたらしく、着信メールが全然読めなくなった。これは木曜日の発表の準備をせよ、ということかな。

ならばと、ひきつづき欲を出してRubic Cube Modelで計算する。IDLはクラシック・モードでしか走らないので、模型が走っている間はラップトップが使えなくなってしまう。そこでその間に紙とエンピツで発表の構想を練る。だいたいしゃべる中身はかたまってきたが、例によってトランスペアレンシーとかが揃うのは直前になりそうだ。オックスフォードの方からは人々との会見スケジュールなどもごていねいに送られてきていて、あまりいいかげんなことは出来ない。ここんとこ寝不足状態が続いてややバテ気味なので、今日は早く寝よう。

2002年5月17日

Rubic Cube Modelの計算結果を解析する。決定論的なカオス移流とランダムなBatchelorレジームの双方にわたり、写像のパラメータをいろいろ変えて調べてみると、どれもこれも最終的にStrange Eigenmodeに収束することが判明。解析的に予測がつく周期解はともかくとして、非周期解でもこの結果がロバストなのには驚く。流れがなめらかであれば、非周期であってもトレーサーは初期条件によらない構造に漸近していくというのは、きちんと数学的に証明できればかなりパワフルな結果だが、今のところは計算してみるとそうなる、ということしかいえない。ただし、収束にかかる時間は初期条件や強制の有無によって随分異なり、このタイムスケールによってEigenmodeの出現しやすさが決まっているようだ。

午後はGrenobleのコリオリ研究所から来たMartin Galmicheのセミナーを聴く。データ同化法を回転水槽実験の測定と数値シミュレーションに適用するというアイデアは斬新だと思うし、実験そのものもポテンシャル渦度のパッチから傾圧不安定が成長して行く過程をとらえるなど面白かったが、いまひとつモデルが現実をとらえていないかんじで、データ同化無しでは実験結果からあっという間に離れて行ってしまう。データ同化するたびに実験に近い状態にリセットされるものの、次の同化までにまた離れるので、解空間内の軌道はのこぎりの歯のようになる。こういうのは同化というより「強制フィット」とでもいうべきもので、極端なことを言えばどんなに現実離れしたモデルでも、よい観測があればできる。本来の同化は、観測とモデルがお互いに足りない部分を補い合ってより現実に近いデータをつくり出すところに意義があるのであって、それがどのくらい達成されているのかわからないのでは、有効性に疑問ありだ。また、カルマンフィルターによる統計的な同化法にたよっていたが、変分法による同化法も試してみる必要があろう。

そろそろオックスフォードの発表原稿を作らねば。

2002年5月16日

しばらく涼しい日が続いていたと思ったら、とつぜんカーッと晴れて暑くなった。Yシャツ一枚でも汗ばむほどで、家内によるとケム川に飛び込んで泳いでいる学生もいたとか。

GRL論文は5月15日に無事出版された。結局、予想をまるっきり覆すスピード出版で驚いた。(投稿から3か月弱!)

いくつかの仕事を同時進行。シカゴ大のビジネス・オフィスから戻ってきたNSFプロポーザルの査読報告を読んで、予算説明や履歴書の書き方をちょっと変えたり、NASAプロポーザルの他のメンバーが書いた章に目を通したりする一方で、来週のオックスフォードでの発表に使う計算をRubic Cube Modelでばしばし走らせる。NASAプロポーザルではまた明日までに半ページほどのミニホールについての解説を書き足さなくてはならなくなった。ええと、それからニースとベルギーの学会旅行の費用を払い戻してもらうための清算書も提出しなきゃ。やることが多くて頭の中がごった煮状態。

家の裏庭を冬からほったらかしにしておいたら、芝がひざ下くらいまで伸びて手がつけられなくなったので、今日こそは芝かりをすべく、すこし早めに帰宅する。芝刈り機の刃をまったく受け付けぬ想像以上の惨状で、えらい難儀をした。

2002年5月15日

1日ラップトップとにらめっこをして、ようやく小生の担当分のプロポーザルの原稿を提出した。と、たちまち他のメンバーからいっぱいコメントが帰ってきて、それに返事を書いたり原稿に手直しをしたりでひとしきり大わらわ。大体各メンバーからの原稿が出そろったところで、これからは全体の校正に入る。しかし、小生のも他の連中が書いたのを見ても、「プロポーザルを書くための研究」というのが厳然と存在することを痛感。プロポーザルは研究計画なのだから、本質的にはこれからやることを書けばいいはずなのだが、実際にはすでに途中まで出ている結果を披露することによってその研究の将来性をアピールすることになるので、プロポーザルに入れるための予備結果を出すためにみんなここへきて必死になって追計算をしている。(結果を出しすぎるとプロポーザルじゃなくて論文になってしまうので注意しながら。)3年か4年にいっぺんとはいえ、このエネルギーは決して馬鹿にならない。まあ、こういう時間限定のデルタ関数的な努力というのもあながち無駄ではなくて、おうおうにして新しいアイディアはプロポーザル書きの中から生まれたりする。それにしても、fundraisingが研究活動に占める割合がもう少し低いと有り難いのであるが。

Emily Shuckburgh経由でKraig Wintersによる有効拡散係数についてのコメントが届いた。Wintersは応用物理で小生とは畑が違う。しかし小生が等価長に関する論文をJASに発表した同じ1996年に、かなり近いコンセプトの論文をJFMに発表していたということをあとになって知った。(シンクロニシティーってやつですな。)それを発見したのがEmilyで、彼女が最近シアトルに行ってtalkをしたときにKraigと会って話をしたらしい。このへんのネットワークづくりがEmilyの十八番であり、彼女のこの才能なしには、小生がまいた等価長/有効拡散係数のタネは芽を出すこともなかったであろう。

ところでEmilyは最近、BBCが出している"eve"という女性誌で「イギリスで一番スマートな女性」に選ばれたらしい。以下は学科長から今朝入ったEmail。

CONGRATULATIONS TO EMILY SHUCKBURGH

Those of you who do not read the BBC's Eve (sorry - eve) magazine may not have seen that a panel of judges assembled by them, which includes Baroness Greenfield for example, has voted Emily "eve's Smartest Woman in Britain". She impressed the judges with "her ability to mix advanced science with business sense - and still have a life!". This is a splendid tribute to Emily and an excellent advertisement that science is a worthwhile career for intelligent young women.

TJP

PS Semantic postscript for the old-fashioned - the word 'smart' is to be read in its American sense, meaning clever, and does not, although it could, refer to appearance.

PPS I am sure some intelligent young women read 'eve'.

まあ、二つの追伸はよけいだけど。Way to go, Emily!

2002年5月14日

今月はやることなすことすべてが締め切りに追われていて、かなりしんどい。NASAのプロポーザルの原稿提出の締め切りが明日だ。成層圏から対流圏へのオゾンフラックスの見積もりについて、2ー3ページのエッセイを書かなければならない。これ自体はそれほど大変ではないのだが、他のメンバーが書いた章と整合性がなければならないため、ひとりでやたらとテクニカルなことを書いてもまずいし、さじかげんが微妙だ。

さて、ケンブリッジに来ているため残念ながら行けないのだが、シカゴ大学のコンピュータ・サイエンス学科では今度の水曜日にバークレーのSteve Smaleの講演があるらしい。Smaleといえば馬蹄形写像などで有名な数学者だが、今回の講演では「言語が存在することの数学的な証明」を発表するそうだ。言語心理学者の家内は「だから数学者ってわからない。言語が存在することくらい数学的に証明してもらわなくても、私でも知っているわ」と宣ったが、そういう問題じゃないじゃろうが。しかし「かきまわすとものがまざることの証明」よりは深遠な感じがするな。どういうモデルにもとづいているのか興味のあるところだ。以下は講演の要旨。

STEVE SMALE
University of California at Berkeley
http://math.berkeley.edu/~smale/

"Learning Theory and the Evolution of Language"

ABSTRACT:
A result is proved that under reasonable conditions the language of a society will converge to a common language. This gives a mathematical proof that languages can exist. The model is based on individual behavior of learning a language.

2002年5月13日

今日が締め切りの博論の査読と、博論審査の口頭試問の問題提出を間に合わせるため、夕べもまたほとんど徹夜に近い状態。アメリカの大学院の博論審査はたいがい、学生の就職が決まってそこに行く直前、または1年に数回ある博論提出期限(これにより学位のもらえるひにちが決まる)あたりに集中する。今回もやはり、水曜日の博論提出期限に間に合わせるのにどうしても今日発表審査をやらねばならないとかで、学生から約一週間前に博論のファイルが送られてきた。試験委員のひとりなのでこれはノルマとはいえ、1週間で他人の学生が書いた分厚い論文を読んで理解し、弱点を追求したり意味のある質問をするというのは、決してやさしくないのである。現実には博論審査で不合格になる例は滅多にない。しかし候補者が博士号にふさわしい基礎応用力を備えているかを見るために、試験官はみんな核心をつく質問を用意してくる。今回は特に降水物理過程というほとんど予備知識のない分野だったので、この一週間というもの、かなり勉強をした。140ページの論文1ページ1ページに赤を入れて、その中から重要なものと思われる箇所を拾って質問事項を作り、のこりは校正事項の一覧表に加える。なんとかそれらしい形にまとめてシカゴの担当者にEmailで送りだすころには夜はすっかりあけていた。

流石にこれでは体力がもたないので、子供たちを学校に送ってからいったん家に帰って一寝入りしようと、ケンブリッジの町中をとぼとぼ歩いていると、にこやかに女性が近寄ってきたかと思うと、「こんにちは?、雑誌を購読しませんか。」と言って差し出したサンプルは、ものみの塔(エホバの証人)の機関誌「目覚めよ!」であった。ふだんだったらここで聖書問答にでもなるところだが、今日はさすがにその気力もなく、「すみません、ものみの塔には賛同しないので」と断って家に戻り、ふとんにもぐりこんだ。

2時間ぐらいたっただろうか。爆睡街道まだまだこれからという時、とつじょ玄関のベルがなって小生の睡眠はさまたげられた。(家内はケンブリッジJCFがアウトリーチの一環として行っている『コーヒーモーニング』の手伝いに行っていて留守だった。)誰だろうと思って扉をあけると、上品な身なりをした知らないカップル。そして彼らは「きょうはためになる雑誌をお持ちしました。」と言って「目覚めよ!」をさしだしたのであった。

こっちが寝ぼけていたのを察知してさすがに悪いと思ったのか彼らはすぐ引き上げたものの、1日に2度とは、ものみの塔おそるべし(?)である。

2002年5月10日

駆け足のベルギー行だったが、それなりに収穫はあった。きのうは電車と地下鉄を乗り継いでヒースロー空港まで行き、2時半の飛行機に乗る。ブリュッセルまではわずか1時間、東京ー大阪という感覚だ。4年前スウェーデンの会議に行く途中乗り継ぎで立ち寄ったので、見覚えのあるブリュッセル空港。地下駅から目的地リージュまでの電車の切符を買ったが、100キロ近く距離があるにもかかわらず、往復でわずか14ユーロ。イギリスの鉄道にくらべて格安だ。まずブリュッセル市内(北駅)まで電車で行き、ここでリージュ方面に乗り換える。ブリュッセルは大都会の風情だ。帰宅ラッシュ時にさしかかって電車は混んでいたが、立派な車両で乗り心地は悪くなかった。ブリュッセルを出るとすぐ田舎の風景となるも、1時間少々で到着したリージュはなかなか大きな街であった。ガイドブックにも「ただの大きな街で見るべきものはあまりない」と書かれてあるとおり、何となく雑然とした駅前。なけなしのフランス語を駆使して切符を買い、バスに乗る。オペラハウス横のホテルに到着したのは夕方の7時半。まだ陽は高かった。近くのレストランで目当てのムール貝を探すが、どうも季節はずれらしく、どこにもメニューにない。あきらめてホテルのとなりのマクドナルドに入る。(実は昼も空港でバーガーキングだった。)2週間前のニースにくらべ、部屋も快適で家にも電話がすぐ通じた。夜は明朝の発表原稿の見直し。

今朝はチェックアウトしたあと荷物をひきずりまたバスに乗って、街はずれにあるリージュ大学のコロキウム会場へ乗り込んだ。1週間のコロキウムの最終日半日だけ出席などというのは小生だけのようで、オーガナイザーはてっきりもう来ないものと思い込んでいたらしく、なんと小生のtalkをプログラムからはずしてしまっていた。そこへ当人がひょっこり現れたものだからあわててまたプログラムを組み直してくれた。一般的に大学主催のコロキウムのいいところは、大会議と違って比較的少人数でゆったりと話をきいたり議論したりできることだ。しかし、会場に足を踏み入れると、何百人も入る大ホールの中に30人くらいがぱらぱらっと腰掛けているという状況で、え、これだけのためにわざわざベルギーの地方都市くんだりまで来たわけ?と思わず心でつぶやいてしまった。しかし、すぐにDarryn Waugh, Jaque Venneste, Emily Shuckburghなど常連の顔を見つけるに及び、場違いな気持ちはひっこみ、落ち着きを取り戻す。Jaque, Emilyにひきつづき小生のtalk。意図的にEmilyのtalkを踏み台にして関連するテーマでたたみかけたため、結構二人に質問が集中した。

思いがけなかったのは、NOAAの気候データセンターの所長Syd Levitusに10数年ぶりかで再会したこと。Sydは小生がプリンストンで大学院生をしていた1980年代なかば、同じGFDLの研究員だった。(有名なLevitus海洋データの初版を編纂した直後だった。)小生のアドバイザーIsidoro Orlanskiの波動力学の講義を一緒に聴講していたことなど、ついきのうのことのように思いだされる。あれから約17年、彼は偉くなって、すっかり貫禄もついていた。感慨深い。

昼でコロキウムは早々に終わり、Darryn Waughとリージュの駅に戻り、サンドイッチをほおばりながらしばらく仕事の話をした。これからドイツの別の学会に行くというDarrynと別れて、空港に向かったのが1時半すぎ。空港では飛行機の離陸時間の8時までえんえんと時間をつぶさなければならなかったが、ちょうど月曜までに読まねばならない専門外(降水物理過程)の博論を持ってきていたので、どこからともなくただよってくるたばこの煙にいぶされながら、これを読む。(どうでもいいことだが、ベルギー人の喫煙率はかなり高そうだ。空港のレストランでも禁煙席はすみっこのほうだし、列車でも禁煙車をみつけるのに苦労した。)


2002年5月9日

やれやれ、年がいもなく徹夜をしてしまった。昔はよくやったけど、この年では体にこたえるのである。しかし、なんとか発表道具はそろえるものをそろえた。頭がぼ〜っとしているので、パスポートや切符を忘れないようにしないと。ベルギーは空港についてから電車を2本乗り継いでいかなければならないのだが、乗る電車をまちがえたり、寝過ごしてオランダまで行ってしまったり、厄介なことが起きないといいなあ。ふらふらしながら、荷物をつめる。

2002年5月8日

こちらから頼んだわけではないのに、木曜のセミナー・シリーズの予定が大幅に変更になり、5月16日のtalkは無期延期の運びとなった。これを天の恵みと言わずして何と言おう。Thank you, Jesus!

昨日作りはじめた2次元格子マップ模型(別名平面ルービック・キューブ)を改良し、IDLの行列要素シフト・ファンクションを駆使することにより、移流段階も拡散段階も非常に効率良く計算できるようになった。(浮動小数点計算とネステッド・ループが大幅に減ったので)。iBookでも1024x1024の格子で500ステップ進ませるのに20分ぐらいでできる。これぐらいの分解能があると、トレーサーの微細構造についてかなり立ちいった計算ができる。すると当然の成りゆきとして、あしたベルギーに持っていく発表の中身にもこれを加えたいという色気が出てきて、大慌てで計算結果をグラフにしたりパラメータを変えて追計算する。どうして小生は決まって出発の直前までかようにどたばたしているのであろうか。talkの中身はいつも1日かよくて2日前の結果である。聴く方は当然良く練れた結果を期待して来るだろうが、甘い、甘い。

これから家に帰ってトランスペアレンシーをこしらえて、準備ができるのは明け方近くになるかな。

……家に帰ってから家内に16日のtalkの無期延期のことや新しい良い結果が出たことなどを報告すると、彼女は嬉しそうに言った。「今朝、あなたの日記を読んでこれは大変だと思ったから、今日はあなたのために格別に祈っていたのよ!」妻の祈りは絶大な効果を発揮する。


2002年5月7日

これからしばらくのあいだ発表がめじろ押しとなっており、ちょっとまじめに準備をせぬとやばいんではないのということになりつつある。予定と進行状況を一覧表にすると、以下の通り。

発表日時

場所 

テーマ
計算・解析結果 原稿の準備
5/10 ベルギー(リージュ) 混合理論

5/16 ケンブリッジ 質量輸送診断法

×

×
5/23 オックスフォード 混合輸送理論とオゾン

×
5/31 ケンブリッジ 混合輸送理論とオゾン

×
7/1 レディング 傾圧乱流と対流圏界面

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いかんなあー全然時間が足らんぜ。折角今日は懸案のNSFプロポーザルを仕上げたので、少しくつろごうかと思っていたのだが、それどころではないぞ。しかも来週の月曜日までにコメントを提出しなければならない博士論文などもある。午後はオックスフォード用のStrange Eigemodeの計算を整えるべく、2次元格子マップによる移流拡散問題の解法をプログラミングしたり、来週のtalkのネタを作るべくDoug君にデータを送ってもらったりと、大いにどたばたする。

2002年5月6日

何の日だか知らないが今日はイギリスでは国民の休日になっているらしく、学校も休み。当初の予定ではどこかにでかけようかと言っていたけれど、長女が風邪をししこらかしたうえ、陽気もいまひとつなので家族で家にいることにする。とはいえ、木曜日にはベルギーの海洋学会に出かけることになっているので、そのtalkの準備に1日をあてることにした。すぐ横で娘たちがきゃーきゃー言いながらソファーからソファーへとモモンガのように飛び回ったり、長男が伝い歩きをしてきてはラップトップのコードを引っ張ったりキーボードの上によだれをたらすというような、慣れているとはいえベストとはほど遠い仕事環境の中で、とにかく発表原稿とスライドの中身だけはおおざっぱなものを作り上げる。

今回の発表はトレーサーの微細構造を粗視化した場合に得られる有効拡散係数についての理論研究である。たとえばモナリザの肖像にGaussian blur(モザイクでも同様)をかけたとしよう(下図)。フィルターの半径を増やしていくと、細部から徐々に情報が失われていく。(拡散混合過程との類似に注目。)右の2つの図では、目を細めてみれば全体としてモナリザと判別がつくが、微妙な表情や洋服のひだなどについては判然としない。とここまではフラクタルの教科書などによく出てくる中身だが、では、いったい画面の個々の場所において、情報はオリジナルに比べてどれだけ失われているのであろうか。右の図をみればわかるように、顔からは目鼻立ちなどのディテールがほとんど失われてのっぺらぼうになっているのに対し、後方上部の空などはもともとのっぺりしているので、オリジナルとの差はそれほどでもない。つまり、粗視化することによって失われる情報の割合(read: 渦拡散の効果)はオリジナルの画(read: トレーサーの分布)が個々の場所でどれだけ微細構造を持っているかということで決まる。あたりまえといえばあたりまえだが、このことを移流拡散方程式にオイラー平均をあてて直接式変形することにより、混合の非均質分布を見るのに有効な診断量をみつけましょう、というのが主眼である。大筋は米国気象学会のJASに去年暮れに出版された論文にもとづいているのだが、今から思うと、この論文についてはaudienceとしては気象よりも物理だったのではないかと思っている。そのうちすこし焼き直しをして、Physics of FluidsとかPhysica Dとか、そのへんに投稿しなおそうかとも思っている。



2002年5月3日

なんとかNSFのプロポーザルの中身をまとめあげ、あとは履歴書と予算の概要をつければよいというところまでこぎつけた。我ながら亀のようなスピードだ。

シカゴから博士課程進級試験の解答がファックスされてきた。さいわい試験を受けたのはひとりなので、採点はそんなに大変ではない。一方、博論読みのほうは自分の分野でない上に締め切りが近く、結構負担である。

イギリス気象局のMike Davesによる季節予報のセミナーを聞きに行ったが、あまり目新しい内容ではなかった。今日はこのほか、NASAプロポーザルのチームと、有効拡散係数が対流圏界面のおりたたみ(tropopause folding)に由来する混合を数量化することができるかどうかという点について、Emailで見解を交換した。来週はベルギーで海洋の学会。そろそろtalkの準備をしなければ。

最近、朝オフィスのそうじに来るお兄さんと魚つりの話をするようになった。この人は愛想がいいタイプではなく、はじめのうちはなかなか気楽に話しかけるような雰囲気にならなかったが、なにかの拍子に苦し紛れにフライフィッシングの話を出したところ、どうもその道の相当な達人らしく、急に相好をくずしていろいろと話しかけてくるようになった。ケム川だったらこれぐらい上流にいかなければだめだとか、どこそこの湖のちかくにあるタックルショップで売っているcaddis(毛針のタイプ)がよく釣れるとか、まあ、こっちがそろそろ真面目に計算をはじめようとしている時に、おもわず身を乗り出してしまうような話題をつぎつぎに出してくる。残念ながら小生はアメリカから道具を何も持ってきていないし、車も持ってないし、小さい子供が4人もいて今はとても優雅にフライフィッシングどころではないのだが、あまり親切に説明してくれるので、なんだか悪くて言いそびれてしまっている。で、週が変わるたびに彼が今週こそは釣りに行ったかと聞くのを、まあ気候がよくなったらそのうちにね、とかなんとかごまかしているのだが、このままどこにも釣りにいかずにアメリカに帰ったりしたら、さぞかしがっかりするだろうなあ。小生のフライフィッシングの師匠であるモト・ナカムラ氏にもイギリスで腕を落とさぬようにと厳命を受けているのだが…。

2002年5月2日

ハーバードの前学長だったNeil Rudenstineがしばらく前、イギリスの大学の現状を嘆いて、キャベンディッシュのような伝統ある研究所でさえ、50年代のワトソンとクリックのDNAの発見以来、発見らしい発見を何もしていないと悪口(?)を言っていた。その理由として、研究費の規模が全く不適切であると指摘している。何でも、現在のキャベンディッシュの年間予算では、アメリカの大学だったら歴史学科を運営するにも不十分なのだそうだ。これってキャベンディッシュへの侮辱か歴史学科への侮辱かよくわからないが、たしかにハードウェアに関してはアメリカはおろか、日本や他のヨーロッパの国に比べてもずいぶん遅れているなという実感はある。

しかしながらイギリスの大学(というよりケンブリッジ大学)が、アメリカや日本の大学より優れていると思われる点の一つは、大学が学生にほどこす教育の質ももちろんだが、コミュニティー一般に対して教育の責任をかなり意識的に負っていることである。たとえば、キャベンディッシュに行けば、物理学の歴史が手にとるようにわかる興味深い展示が入り口にあるし、地域の小学校で科学週間というのがあれば、学科の大学院生たちが子供にもわかるようなデモンストレーションを準備して出張していく。同室の大学院生Bjorn Hasslerはケンブリッジ大学が主催しているラジオの科学番組のディレクターで、今日も科学クイズの懸賞品を提供してくれそうな本屋や博物館に電話をかけまくって一生懸命。数学科では素人の投資家が聞いても面白いような数学のレクチャーをしょっちゅう組んでいるし、長女と三女の行っている小学校では、おととし校舎改築の費用を募るために、Stephen Hawkingを招いて講演してもらったそうだ。こうした努力のせいか、まわりを見た感じでは、どうしようもないサイエンス音痴があふれているアメリカと違って、それなりの素養をもった人(子供も大人も)が多い気がする。(←全然科学的でない主観による解析。)

研究では清貧に甘んじているイギリスだが、科学教育の質ではまだまだアメリカにひけをとらない。

2002年5月1日

今日はいくつかいいことがあった。まず、最小限の努力で有効拡散係数(等価長)および質量輸送を、極向き砕波と赤道向き砕波の成分に分解する方法を思い付いた。今までの診断法だと、ある等価緯度を通して全体としてものがどちらの方向にどれだけ流れていくかを診断することはできたが、低緯度から高緯度への輸送と、高緯度から低緯度への輸送を別々に取り扱うことはできなかった。それが少なくとも理論上は可能になったわけで、もし実際のデータに応用可能であれば、成層圏対流圏物質交換率の計算などにかなり有効であると思われる。とりあえずおもちゃの大気で実効性をテストすべく、2次元模型の出力をあたらしい診断法で処理するアルゴリズムに着手する。最近の小生はほとんど道具屋になってしまった感がある。

NASAのプロポーザルはDoug君に加えてコロラド大学のCora Randallが辣腕を発揮し、毎日Emailでブレイン・ストーミングを繰り返している。オゾン3次元構造再現プロジェクトの方向性と全体像が徐々にではあるがはっきりとしてきた。せんじつめれば手のこんだデータ内挿(同化の一歩手前)であって、その目的は純粋物理(←っていってもうまく定義できないが)とは一線を画すように見える。しかし、手法(テクニック)のもととなっているのは地球流体力学の知見であり、小生の受け持ちは、そもそもこの手法でなぜうまくいくのかということの解説と、得られたオゾンの3次元分布を用いた成層圏から対流圏へのオゾン輸送の見積もりである。このプロポーザルには3人の他にNRLの衛星観測とモデリングの専門家3人が名前を連ねており、文字どおりチームワークとなっている。一匹狼の理論屋の小生にしては方針の大転換であるが、複数のフィードバックからより信頼度の高いプログラムが出来上がっていくのが手にとるようにわかり、特にここ一両日はやっていて手ごたえを感じる。

さて、GRL論文の最終校正を送り返すや、待ってましたとばかりにAGUからメールが来て、「あなたがたのGRL論文が、AGUジャーナル・ハイライトに選ばれました。」という。何のこっちゃと思ってよく読むと、どうやら、AGUがてめーで出してるジャーナルに受理された論文の中から、社会的インパクトが強いと思われるものを定期的にいくつか選んで、ハイライトとしてジャーナルの中とマスコミ向けの場で特別に紹介するという趣向らしい。サイエンス・ライターお兄さん(?)が小生たちの論文をセンセーショナルな文体で要約したものが送られてきた。まあ、もとはといえばネイチャーに送って広い読者層をねらった論文だから、こういう形でpublicityをもらえるのは悪いことじゃない。それに、出版社の御墨付きと言うのはちょっといい気分。ちなみにこの論文、3.5ページで小生が今まで書いた論文の中で一番短い。Good things come in small packages.

というわけで今日はひさびさに焼豚に蟹(いいことが続くことのたとえ)だった。長い研究生活、たまにはこういう日がなきゃね。

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(c) 2002 中村昇