ホームぼぼるパパの部屋>Idle Musing 2002年11月

次頁前頁

ぼぼるパパの研究日誌 Idle Musing

11/29/2002 携帯電話事始め

寒さはようやく和らぎ、地面の雪も大分消えた。うちでは先週の土曜日にひとあし早く、シカゴ近郊の日本人を40人ほど招いて25ポンドの七面鳥を焼いて食べたので、感謝祭のきのうは特に何もせず、クリスマスツリーを出してきたほかは、家でゴロゴロして過ごした。

さて、我が家も時代の流れには逆らえず、ついに携帯電話を購入することになった。そんなもの必要無いからと、小生はずっと拒んできたのだが、子供が4人いて車が一台では、緊急事態が起こった時に困るからと家内に説得されて、しぶしぶプリペイド式とかいう奴を10月の始めに買ったのだ。ところが、説明書を読んでも使い方がちっとも分からず、そもそも電話番号なるものすらついて来ないので、面倒臭くなってほったらかしにしてしまった。はじめは長男がかじったりしておもちゃにしていたが、(うちのコードレス電話と違って)いじっても音が出ないので、そのうち飽きて見向きもしなくなった。子供にすら見捨てられて、ほらねやっぱりお金の無駄使いだったじゃないか、と思っていたら、きのう家内が一念発起して調査に乗り出し、息子の歯形のついた携帯をなんとか使えるようにしたらしい。

娘3人連れて買い物に出かけるので、出先から試しにかけてみるから、と言って家内はでかけ、はたせるかな小一時間ほどで電話が鳴った。モールは感謝祭明けのセールで大混雑だそうである。しばらくしたら今度は家からかけてみてと言うので、一時間ほどたったところで電話するが、全然出る気配がなく、そのうちボイス・メールに切り替わってしまった。何だ役に立たないな。家内が帰宅したところで聞いてみると、携帯は確かに鳴ったのだが、通話しようと思ってボタンを押したら、何だか別の機能が作動しまって、あわてているうちにボイス・メールになってしまったらしい。しかも、ボイス・メールのメッセージを聞こうとするたびに逆に自分の声が録音されてしまって、今やボイス・メールにメッセージが5つも入っているそうだ。

ならば今度は小生が試してみましょう、ということで、夜、教会へ大道具作りに出かけるときに携帯を携帯する。真夜中を過ぎたところで家内から電話が入った。ボタンを押して「もしもし」と言っても何の応答もない。さらにボタンを押し続けていると、突如、廊下の向こう側で電話のベルが鳴り始めた。どうしてそうなったのかさっぱりわからないのだが、携帯のアドレス帳に記録しておいた教会の番号に自動的に電話が通じてしまったらしいのだ。教会の留守番電話のメッセージがホールに空しく響くのを聞きながら、ケータイを買うのは果たして神様のみこころだったのであろうかと、思わず疑ってしまう小生であった。

11/27/2002 Martin Rinkart (1586-1649) A German pastor

Now thank we all our God, With heart and hands and voices, Who wondrous things hath done, In whom His world rejoices; Who from our mother's arms Hath blessed us on our way With countless gifts of love, And still is ours today. O may this bounteous God Through all our life be near us, With ever joyful hearts And blessed peace to cheer us; And keep us in His grace, And guide us when perplexed, And free us from all ills In this world and the next. All praise and thanks to God The Father now be given, The Son, and Him who reigns With them in highest heaven, The one eternal God, Whom earth and heaven adore, For thus it was, is now, And shall be evermore.

11/26/2002 雪と論文読みの日々

未明に降り始めた雪がほぼ一日降り続き、かなり積もった。気温もほぼ一日中氷点下、明日の最低気温は氷点下8度と予想されている。零度を上回る気温に戻るのは今週末になってからのようだ。車を運転していても凍った路面にハンドルを取られやすいので要注意である。エルニーニョはどうしたんだ。

レビューを頼まれている2つの論文(そのうち1つは二部作なので、実質的には3つ)を読んで、なんとか締めきり前までにコメントをつけようとしているのだが、1つ、どうにも理解に苦しむものがある。相当面白い結果かもしれないけれど、まるで意味のない結果かもしれない、というタイプの論文だ。たいていの場合は、そのどちらか、大雑把に読めば大体見当がつく。ところが、この著者は外国人で、言わんとしていることがはっきりしないため、何回読みなおしても、結果にいたるまでのロジックがつかめないのだ。しかし、解析されているデータは非常に興味深いパターンを示している。本当に意味深遠な結果なのなら、きちんとそれを見極めて、出版の手助けをしなければならない。一方、あとでよく考えたら、面白いように見えるだけで、後ろ楯となる論理に何の根拠もなかったとなると、そんな論文を出版させたレビューアーの見識を疑われることになるので、ここは注意深く読まねばならない。結局これだけで午後の大半がつぶれた。

これから1ー2週間は、教会のクリスマス・プログラムのための大道具つくりで相当忙しくなりそうだ。1.8m×1.8mと、2.4m×4.2mの背景画を頼まれている。まずは近くの日曜大工家に行き、メイソン・ボードや角材などをどっさり買い込み、夕食のあと教会に運び込んでフレーム作りをする。角材が反り返っていたりして、まっすぐなフレームがなかなかできず、四苦八苦する。

11/25/2002 2003年への展望

また雪が降って気温が下がり、外はすっかり冬景色となった。今週末は感謝祭であるが、近所には早々にクリスマスのイルミネーションを始めた家もある。きのうは雪の中、腐ったサンルームのドアを交換する作業をしていたら、痔になったらしく、どうも具合が悪い。

講義では、慣性不安定と対流不安定の相似性について解説し、Taylor渦のデモンストレーションをして、すべての実験を終了した。秋学期の講義は残すところあと三回。乱流という大きなテーマが残っている。うちの学科では年間4学期のうち2学期だけ講義を担当すればよいことになっており、春学期に学部のコースを教えることになっているので、つぎの冬学期は講義するつもりはなかったのであるが、今のクラスを取っている学生から、気象力学を教えてほしいと頼まれ、引き受けることになってしまった。頼まれると嫌と言えない性格が災いした格好だが、去年サバティカルで教えなかったので、埋め合わせをせなあかん、というような殊勝なこじつけをして、自分を納得させる。

一年前に修士号を取って民間の企業に就職した小生の学生Bethと久しぶりに電話で話した。「仕事は楽しいかい?」とたずねると、「いいえ、つまらないです」ときっぱり。それならば復学すればどうかね、とうながすと、その可能性が高いけれどシカゴに戻るかどうかはわからないという。彼女は優秀だったので、戻って来るなら大歓迎なのだが、他の大学院の数学科に行くことも考えているのだそうだ。ふうむ、小生の研究室でしごきすぎたかな?いっぽう、中国からうちの大学院へ応募しようとしている複数の学生から、「よろしくおねがいします」みたいなEmailが続々と届く。よろしくと言われても小生にできることはないし、それで合格のチャンスが増えるということは全然ないのだけれど、中国人の学生の何が何でも来たいという意気込みは、明らかに伝わってくる。現在の厳しい出入国管理下で学生ビザが下りるかどうか、いささか不透明ではあるが、やる気のある優秀な学生には国籍を問わず門戸が開かれているのが、アメリカの大学院の特徴である。来年、小生は少なくとも一人は学生を取るつもりでいるが、誰が来るのか、今から楽しみではある。

11/22/2002 隕石中の質量分別、サンショウウオの足、etc.

昨日の話の補足をすると、対流圏の温暖化については分からないことが多すぎるというのが小生の印象だが、成層圏については状況はもう少しましだ。温室効果ガスの増加によって、対流圏は温暖化するが、成層圏は冷えるというのが一般的な見方だ。成層圏の温度は大雑把に言って、オゾン層の太陽光線の吸収による過熱と温室効果ガスの赤外放射による冷却によって決まっているため、温室効果ガスが増加すると冷却がより効果的になり、気温が下がることになる。成層圏には雲や海がないので、対流圏に比べ気温決定のメカニズムは比較的単純だ。しかも、大気密度が対流圏に比べずっと小さいので、同じ量の熱強制でも温度の変化がずっと大きく、温室効果ガス増加の影響は対流圏よりずっと顕著に観測されると考えられている。実際、70年代後半から現在にいたるまでの人工衛星による観測では、成層圏下部の気温は平均して数度下がっている。もっとも、この気温減少は温室効果ガスの増加だけではなく、塩素分子などによる成層圏オゾンの長期的な損失による効果がかなり効いているらしい。いずれにしても産業活動の影響がはっきりと出ている形だ。

きょうのFaculty lunchは隕石学のLarry Grossman。隕石が小惑星帯の微惑星の破片であり、生成以来強い変成作用を受けていないために、太陽系初期の記憶をとどめていることはよく知られている。しかし、特にコンドライトと呼ばれる未分化の隕石で、カルシウムやアルミニウムを多く含む物を調べてみると、原始宇宙ガスが冷却して鉱物が凝縮したとする本来の凝縮モデルとは化学組成が異なっているものがある。(たとえば、マグネシウムや珪酸塩が少ない。)これはおそらく何らかの原因で隕石が再び過熱を受けた結果によるのであろうという仮説を立てて、Larryはここ数年コンピューターを使って微小粒子の蒸発過程をシミュレートしてきた。今までは粒子を取り巻く気体は純粋な水素だったのを、今回は他の多くの元素を加えて再計算してみました、というお話。詳しくは省くが、結論は、他の元素の存在は結果にほとんど影響を与えず、水素が圧倒的に重要な役割をはたしていることが再確認されたということなので、めでたしめでたし。(面白くないともいえるが。)

一時半からは、通りを隔てた解剖生物学の学科長であるNeil Shubinによる中国産のサンショウウオの系統発生と進化についての話。うちの学科の古生物部門では古代生物の棲息環境について議論することが多いが、時には生き物そのものの形状変化のしくみについても話題にのぼる。サンショウウオの化石はジュラ紀ごろから極めて多数見つかっており、当時から現在とそう違わない大きさや形をしていたらしい。現在サンショウウオの棲息地域は主にアジアと北米で、とくに種類の豊富さなどから中国が原産地と考えられている。サンショウウオの四肢の発達過程は、カエルなどの他の両生類はおろか、どんな四つ足動物とも異なっているのだそうだ(指の生える順番とか)。また、サンショウウオのなかでもあとから登場したものは、指や手足のひらの骨の数が、より原始的な種族よりも少なくなっている。Neilは、この時間変化と、同種族の中での個体によるばらつきの相関に注目した。中国に遠征して千体以上のサンショウウオの化石を集めて解析した結果、同時期の同じ種類のサンショウウオの中にも、2ー5パーセントくらい、手足の骨の数や形が残りの大多数と異なっているものがいることがわかった。つまり、サンショウウオの足に限って言えば、同時期の個体の中にも、進化の過程の異なる段階にあるものがいると解釈することができる。(逆に、系統発生学的な解釈はむずかしくなる。)わからないのは、手足の骨の形や数が変わることが、サンショウウオにとってどういう利益があるのかということ。小生が、三女をつれてよく行く特殊小児科の待ち合い室には、サンショウウオが水槽に飼われているが、足は見るからに使い物になっておらず、骨の数が増えようが減ろうが、大した違いはなさそうに思えるが…。また、変化の遺伝性についても、まだわかっていないという。似たような手足の形状変化については、ワニやねずみなどでも例が見つかっているそうではあるが。それにしても、サンショウウオの化石の保存状態のよさには目をみはるものがあった。ジュラ紀のものでも、しっぽのヒレのしわまではっきりと見てとれるのがあるほどだ。

三時過ぎからはCalTechのYuk Yang教授と彼のポスドクと電話会議をして、小生の論文についての質問に答える。昨日はじめて読んだというだけあって、的をはずしているところもあったが、化学分野の人に興味をもってもらえるというのはありがたい。

11/21/2002 氷河期の終焉と海水面高度

学科が一年に2回出しているニュースレターには教員の紹介をするコーナーがあって、今度は小生の番だそうだ。編集の係の人(定年退職した元教授)が小型のテープレコーダーを片手にインタビューにやってきた。こちらは、質問に答えればいいのだろうとタカをくくっていたら、テープをまわしますから好きなことをしゃべって下さい、という。しかし、急に何かしゃべれと言われても困るのだ。もちろん、研究のことなど、いくらでも話すことはあるのだが、言うべきことをびしっと言うためには、考える時間が必要である。まわり始めたテープを前に、「あー。あー。本日は晴天なり。みなさんこんにちは。」みたいなことを言ってから、言葉に詰まった。家で留守電のメッセージを録音する時も、似たようなことをやっているような気がする。結局、自分の生い立ちから話し始めて、大学院を卒業するところまでに時間をかけすぎ、肝心の研究に関してはかなり端折らざるを得なかった。「質問に答えるのだとばかり思ってたもんで」と言い訳すると、「それでは、最後に質問します。これは気象海洋の方々全員に聞いていることですが」と前置きしてから、「地球温暖化についてどう思いますか。」

正直言って、この手の質問は苦手である。どう思いますかって、個人的には平均気温が2度か3度高くなったって、薄着をすればすむことではないかいな、と思うわけだが、もちろん、そんなことを聞かれているんじゃないことは明らかだ。なぜこの手の質問が苦手かというと、小生の率直な返事では、相手が満足しない(記事にならない)ばかりか、小生の学識を疑われることになりかねないからである。「地球は本当に温暖化しているのでしょうか」「多分ね」。「20年先、気温はどの位上がっていると思いますか」「さあね」。これでは、気象のことなど何も知らない人が言うことと全然変わらないではないか。しかし、からみあういろいろな要素を考慮に入れて、小生が知りうる限りの理論的研究の成果をふまえても、同じ返事しかできないのである。一つには小生が地球温暖化の専門科ではないので、情報の量が少ないということもあるかも知れない。しかし、地球温暖化のような複雑な問題では、情報量が増えたからといって、答えがすんなり見えてくるというものでもない。ちょっと考えただけでも、(1)本当に地表面気温のデータは全球平均をあらわしているのか(海の上の観測が圧倒的に少ない)(2)気象衛星による上空気温の観測値がそれほど上昇していないのはなぜか(3)太陽活動の年々変化がどれだけ気温に影響を及ぼしているのか (4)雲やエアロソルの影響は? (5)海洋中の炭素循環の役割は? 等々、どれをとっても未解決の問題が山積しており、これで結論を出せと言われても、困るのだ。したがって、温暖化支持論と懐疑論の違いは、多分に(a) 信仰基準の違い または (b) 科学者が社会によって無茶な二者択一を迫られた結果、ということになろう。つまり温暖化に対する政策をどうすべきかという議論が一致を見ないのは、イスラエルとパレスチナが停戦を守れなかったり、アメリカの共和党支持層と民主党支持層に明らかな違いがあるのと同じ理由によるのである(ちょいと飛躍がありますな)。歯切れの悪い応答を重ねていると、編集者が遮って、「ま、これは記録には入れないことにしましょう」。そうそう、その方がいいよ。

地球温暖化など怪しいという人々がよく根拠とするものに、過去100年にわたる潮汐計のデータがある。地球温暖化によって極地方の氷が解けているなら、海水面が世界中で上昇しているはずである。ところが、潮汐計のデータの経年変化を見ると、場所によってまちまちで、海面が上がっているところもあれば、下がっているところもある。だから、温暖化で極の氷が解けているなど、作り話だというのである。現在学科に滞在中のトロント大のJerry Mitrovicaが最近モデルを使って計算した結果によると、極の氷が解けたときの海水面の変化は決して一様でなく、しかも準平衡状態に達するまで、ものすごく長い時間がかかるのだそうだ。たとえば、最近の氷河期が終わって、北米大陸の上にあったローレンタイド氷床が解け去った直後、氷床に一番近かったところでは海水面はむしろ下がったそうだ。(氷床がなくなったことによる重力場の変化によるらしい。)しかも、Jerryの計算によると、この時に始まった海水面の変化は今日まだ完全には定常状態に落ち着いていないらしい。これらのことは、潮汐計のデータが必ずしも地球温暖化を否定する道具にはならないことを示している。小生には穏当な結論に思えるが、彼の論文がNature誌に発表になるや、Jerryのところには温暖化懐疑論者から誹謗中傷のEmailが届いたそうである。やれやれ。

11/20/2002 GFD without Equations

しばらく前に「方程式の出てこない流体力学」を教えてみたいと書いたが、その機会は意外と早く訪れた。今学期は初めての試みとして、大学院1、2年生を対象に学科の紹介を兼ねて、教授陣が入れ代わり立ち代わり、自分の分野についての解説をするというセミナー形式のコースが設置されており、今日は小生の番だったのだ。持ち時間は1時間15分。何をしゃべろうかと思ったが、流体分野以外からも大勢参加が見込まれることであるし、ばりばり方程式を並べるより、実験を中心に構成して、大気力学の中心となるコンセプトの解説をするのがよかろうと判断した。そこで、(1)フーコーの振り子(コリオリの力)(2)回転水槽実験(ジェット気流)(3)墨流し(カルマン渦と二次元乱流)の3つの実験を用意し、例によってボロい服を着て、3時45分の講義開始を待つ。(閑話休題:家内に言わせると、小生の着ている物は、実験の日じゃなくてもボロいそうだ。まあね、確かにYシャツの襟は擦り切れているし、着たきりのセーターの左ひじには直径4センチ、また三本着まわしているジーンズのうち二本の右ひざにはさしわたし7センチの穴が開いているから、総じてボロいと言えなくもないが、実験の日はその中でも特にボロい物を選ぶようにしている。)3つの実験のうち、後者2つはふだん講義でよくやる奴で、この日記でも前に紹介した。フーコーの振り子は本邦初公開である。ちなみに、今日はこのクラスの前に、本割の(つまり方程式をばりばり使う)流体力学の講義もあり、こっちでも回転流体中の墨流し実験をしたので、半日で都合4つの実験をこなしたことになる。

で、方程式の出てこない方の流体力学は、出席者約25名と盛況で、俄然気合いが入った。大学院生の他に、オーガナイザーのSue Kidwell(層序学教授)も来ていた。中には、かつて小生のクラスで同じ実験を見た3、4年生で、もう一度見学したいといってのぞきに来た連中もいて、なんだかちょっとうれしかった。その中の一人は、機具のセットアップの手伝いも買って出てくれた。学生のボランティア精神にはいつも助けられる。最初はフーコーの振り子。毎分33回転しているレコードプレーヤーの上に33インチの長さの振り子をぶらさげ、直線的に振動させておいて、毎分16.5回転しているプリズム・ロトスコープを通して観察すると、レコードプレーヤーは静止して見え、振り子につないだオモリが慣性周期で円運動をしているのが観察される。円運動というのが、通常のフーコーの振り子の軌跡と直観的に違うため、学生たちの興味を引いたようだ。この理由は、振り子の周期がレコードプレーヤーの周期と一致しているからで、このとき回転系から見て、重力と遠心力が相殺し、オモリにかかる力はコリオリ力のみとなるからである。これで調子をつかみ、あとはごくスムーズに行った。実験のセットアップと、参加者が列をなして観察の順番を待っている時間が少し長かったが、珍しく大きな失敗もなく、大体時間通りに終了。

質問は主に流体組から来た(例:蛇行ジェットの実験で、ジェットが壁まで来た時に反対側に向きをかえるメカニズムはなにか)が、中には古生物組からも核心をついた質問がいくつか出た。(例:墨流し実験と、木星大気の間に共通点があるというが、前者は回転していないではないか。ジェットを蛇行させる渦を生み出すには力を加える必要があるのか、等々。)このあたりが、学際的な学科の学際的であるゆえんであろう。機具を片付け終わったのは、すでに6時近かった。今日は、久しぶりに手ごたえを感じた。

11/19/2002 創世記1:6-7



ついで神は「大空よ。水の間にあれ。水と水との間に区別があるように。」と仰せられた。 こうして神は大空を造り、大空の下にある水と、大空の上にある水を区別された。するとそのようになった。 神は、その大空を天と名づけられた。こうして夕があり、朝があった。第二日。


我々科学者がやっとの思いでひねりだしてくる大気起源の物語の複雑怪奇さに比べ、聖書の記述はなんと単純明解なのだろう。我々には複雑すぎることも、神の目には、いとも簡単でエレガントなんだ。やはり、小生の仕えている神はただものではない、と思う。

11/18/2002 大気中酸素の起源

シカゴは先週の土曜日に初雪が降り、5センチほど積もった。気温が低いため、まだ完全に解けきっていない。10年近く着た真冬用のコートを去年処分してからまだ買いなおしていないので、寒さが身にしみる。しかし、そのうちエルニーニョが本格化して暖冬になるはずなので、もう少しの辛抱だ。

今日の講義は、ケルビンーヘルムホルツ不安定の実演。2層流体を作ってから不安定をおこすには水槽の長さが足りないので、真水の底に色をつけた砂糖水を流しこむさいに、横に広がる砂糖水の先端上面にできる渦を観察することにする。悲劇は、水槽の上にトレイを置き、そこにポリバケツから砂糖水を流しこんだ直後に起きた。ポリバケツの角をトレイにぶつけ、あっと思う間もなくトレイがスライドしたかと思うと、次の瞬間、小生は首から下、全身に緑色のしぶきを浴びていたのである。「うを。」幸い、近くで観察していた学生たちには危害が及ばず、小生もこういうこともあろうかとボロい服を着ていたし、砂糖水はまだたっぷりあったので実害はなかった。すでに今までで「中村は実験ができない」という定評が確立しているため、学生たちはちっとも驚くことなく、こちらが頼む前に用意してあったペーパータオルでさっさと床の掃除をしてくれ、実にありがたいことであった。学生たちの誠意で立ち直った小生は、KH不安定の追実験はおろか、ホットプレートとアルミの粉をまぜたサラダ油を使って、ベナール対流の実演もしたぞ。

月曜日であるが、特別にコロラド大学のSteve Mojzsisによるセミナーが三時半からあり、これを聴講する。大気中の酸素が、現在の20パーセントという混合比に落ち着いたのはいったいいつで、どのくらいの時間がかかったのであろうか。セミナーの中心はこの問いに対するヒントとなる地学的、地球化学的なデータと考察であった。具体的には、現存するもっとも古い部類の堆積岩(グリーンランドやオーストラリア産の始生代サンプル)から、質量数の異なる(32, 33, 34)硫黄の同位体を、高分解能のマルチコレクター・イオン・マイクロプローブで測ったところ、24億年前ごろを境に、それ以前のサンプルでは質量に依存しない分別が、それ以後は標準的な質量分別が確認された。硫化物や硫酸塩が水に解けたり、生物によって還元されたりする過程でおこるのはもっぱら標準的な質量分別であり、現在実験室で確認されている範囲での類推では、硫黄の質量に依存しない分別は、火山起源のエアロゾルが上空の強い紫外線で酸化されたり光解離したりする過程に限られると考えられている。しかも、この大気起源の特殊な分別の効果が、海洋に吸収されてから堆積岩に定着するまでの間に、海洋中の膨大な硫酸塩に混ざって失われてしまわないためには、大気中での光化学反応が、極めて強い紫外線と酸素の分圧0.00001気圧未満という状況で起きなければならないという別の研究があり(Pavlov and Kasting 2002, Astrobio 2, 27-41)、これらの状況証拠から考えられることは、24億年前以前の大気にはほとんど酸素がなく、したがってオゾン層もなく、その結果紫外線も強く、記録に残るような質量に依存しない分別が起こりやすかったが、それ以降かなり急激な酸素の上昇があり、オゾン層も形成され、紫外線も弱まって、質量に依存しない分別の効果は堆積岩に記録される前に海洋中で消え去ってしまった、というのである。

いやあ、よくまあ、グリーンランドで拾ってきた石ころだけからそれだけのことが言えるものですね、と感銘を受ける。もちろん、これが本当に正しい結論かどうかは、ただちには何とも言えない。たとえば、そんなに古い堆積岩がその後の変成作用や侵食の影響を受けていないとは考えにくい。しかし、大事なことは結論の是非よりもむしろ、仮説のひとつひとつが検証可能であることである。イオン・マイクロプローブがそんなに強力な武器なのだとしたら、たとえば北極のアイスコアに記録されているはずの近代の火山降灰に同じ解析をほどこし、それからオゾン層におこった変化を推定することも可能なのではないだろうか。それを仮に衛星観測のオゾンデータと比較したりすることができれば、分別に関する直接的な検証になろう。

11/15/2002 地学的データの有効性

家に戻ってソファーに腰を沈め、その辺を長男が「わわわわー」と言いながら(クールファイブみたい)歩き回っているのを眺めている。一週間の緊張から解き放たれて、ようやく一息つけるひとときである。

小生は今年は学科の人事委員に指名されており、現在3件同時進行で新任の助教授の人選をしているため、大忙しだ。一番大変なのが、応募者の論文を読んで仕事の質を見極めることである。小生の学科は極めて学際的だ。候補者の分野も、大気物理、地球化学、古生物と多岐にわたっている。自分の専門分野はともかく、まったく懸け離れた分野の研究者の仕事についてとやかく言えるような立場にないことは、小生が一番よく知っている。が、それは4人いる委員の誰もが感じているはずのことで、そのために違う分野からひとりずつ委員が選ばれているのだ。最終候補者一人につき、外部からの推薦状が8ー10通くらいあり、その中で意見の一致を見ないことも往々にしてあるので、手紙に書かれていることがフェアであるかどうかを確認するためにも、候補者の仕事をかなり注意深く調べる必要がある。人選もさることながら、このプロセスは、人事委員が新しい分野について勉強する機会にもなっている。過去二ヶ月でようやく三人のファイルの下調べができたので、来月には委員会から教授会へ結論を提出することができそうだ。すると今度は教授会で、推薦状をひとつひとつ読み上げて、候補者のこれまでの成果、将来性などについてつっこんだ議論が行われる。一ヶ月後に投票をし、その結果が学部長へ、さらに副総長へと伝えられて認可を待つことになる。最終候補者をしぼってから実際に最終結論が出るまで、最低でも半年はかかる、気の長いプロセスなのだ。応募者の方も待ちくたびれるだろうが、審査する方にとっても、真剣勝負である。しかも、こうやってやっとオファーを出しても、うちに来ず他の大学へ行ってしまうこともあるので、ポジションをしかるべき人材で埋める、というのはなかなか骨が折れる。

さて、金曜日はいつものようにセミナーの日。Faculty lunchは層序学のSue Kidwell。うちの学科で行われている研究の多くは、地球の過去の歴史、とくに生物の歴史をひもとくことである。そこには、年代測定法など化学に基づく手法の他に、地層や化石など地学的な証拠も決定的に重要な役割を果たす。しかし、地学的証拠は本当に当時の生態系のようすを忠実に物語っているのであろうか。生物の地学的証拠の信頼性を調べるひとつの方法は、現在の海底の表層から標本をとってきて、その中に含まれている(いずれ化石になる可能性をもつ)微生物の死骸の種類と数が、現在その環境に住んでいる生き物の個体分布と相関を持っていることを示すことである。もし、相関がなければ、化石の地学的証拠としての有効性そのものが揺らぐことになる。Sueはこれを統計的に行うため、個体数の多い海底の軟体動物について調べた。アメリカ東海岸のいくつかの場所から100を超えるサンプルを採取してきて調べた結果、幸いなことに有為な相関が得られたが、相関はサンプルの数や、サンプリングをする時期にも依存していた(例えば池の底にはいつでもボウフラの死骸が見つかるが、冬にはボウフラは池にいないので、ボウフラの死体ー生体相関は冬に低く夏に高いことになる)。うちの古生物学者たちの偉いところは、鵜呑みにするにはしんどいマクロ進化論の主張をただふりかざすのではなく、学問の基礎となっている方法論を定量的に吟味することに力をそそいでいるところである。

今日はこのほかにも、イリノイ大学シカゴ校でオランダ人のTorvjorn Torviqstが、現在沈みつつあるミシシッピ河口三角州の泥炭から、過去の海面水位の変動の歴史を推定する、興味深い話をしていた。(海抜ゼロ未満のニューオーリーンズは、似た環境にあるオランダ人の興味を引くのであろうか。)

11/14/2002 停電だ

昼休みにGidon Eshelのオフィスに行って議論しているうち、ひょんなことから分野の同僚についての話題が出た。助教授のGidonは15年前まで国で羊飼いをしていた、イスラエル人である。

  ぼ「テルアビブ大学のA教授を知っているか」
  G 「ああ、知っているよ。あまり話のうまい人じゃないな。彼はMITのL教授の弟子だったこともあるんだ」
  ぼ「ほうそれは知らなかった。Jewish connectionだな」
  G「そうそう。テルアビブだったら、ハーバードのF教授の学生だったのが一人いて、こいつは優秀だ。が、名前をど忘れした」

と、我々の会話はそこで尻切れとんぼに終わった。その足で階下のメールルームに行って郵便受けを調べると、イギリスのQJから論文のレビューの依頼が届いている。開けてみると、二部作の論文だ。やれやれ、つい数日前、JASに頼まれた二部作論文のレビューを終えたばかりなのに、とため息をつきながら著者を確認すると、見なれない名前だが、所属がテルアビブ大学となっている。もしやと思い、Gidonのオフィスにかけ戻り、

「おい、さっきのF教授の学生だけど、こういう名前じゃないか?」

と聞いてみると、キンコーン!まさにその人であった。こういうのって、一体何なのでしょうね。神様が働いておられるのであろうが、その真意を測りかねる。Gidonにこの人の名前を思い出させるため?まあ、きっと何かの目的があるのだろう。そういうわけで、とにかく、「優秀な人」が書いた論文をレビューする光栄にあずかることになった。

帰宅まえのしばしの時間に、自分の論文に少し手を入れていると、突然、ぶるるんという鈍い音とともに空調のファンが停止し、つづいて部屋の電気が消えた。隣の実験室で質量分析計を走らせていた助教授のMunir Humayunが大声を出した。停電である。窓から外をみると、向かいの化学科のビルには煌々とあかりがともっているので、うちのビルだけのようだ。しかも、すべての電気が消えたわけでなく、廊下のあかりのいくつかはついたままになっているし、エレベータも動いているようだ。一部の回線だけが遮断されたらしい。ビル内の実験装置に支障がないよう、ふつうはバックアップの電源に自動的に切り替わることになっているはずなのに、これは珍しい。小生はラップトップで仕事をしていたのでデータを失うことはなかったが、実験中だったMunirには気の毒なことである。しばらく待っても電気がもどる気配がないので、階下に行ってみると、どの階もほぼ真っ暗で、人々が右往左往している。しかし、ドアの開いた一階の会議室の前を通りかかると、中から声がするので、のぞきこんでみると、暗闇のなかでZiegler教授が20人ほどの学生を前に、講義を続けているではないか。もちろん黒板は役に立たないし、学生には教授の顔が、教授には学生の顔がほとんど見えていないはずなのに、誰も気にしているようすがない。なんか、こういう世の中のできごとにとらわれないスピリットって、好きだなあ。

11/13/2002 2層流体の実験

床屋に台無しにされた頭を少しでもカモフラージュするために、ムースでがちがちに固めて出勤する。ムースといえば、イギリスにいる時に、長女のクラスメートの女の子で、サザエのような髪型にしているのがいたなあ。(註:サザエさんではなく、サザエそのもの。つまり、とげとげが四方八方に向いている。)さすがパンクロック発祥の国だけのことはある、と感心したものだ。しかし、あの髪型に毎朝ととのえるのは、相当時間がかかると思うのだが…。

今日の講義は、成層流体中の内部波についてのデモンストレーション。昨夜のうちに運び込んでおいた水槽と、フードカラーで緑色に着色した砂糖水を使って二層流体を作る。まず、ふたをした水槽に、小さな注ぎ口から半分ほど水を張る。つぎに、別の容器からホースを使って砂糖水を引き込む。このとき、ホースを、すでに水槽にたまっている水の一番底まで押し込み、注入された砂糖水がそのまま真水の下に潜り込むように調節してやると、比較的短時間で緑色の砂糖水の上に透明の水がのっかった、二層流体ができる。(水槽が完全にいっぱいになり、自由表面がふたに触れるまで砂糖水を加える。)この状態から容器を少し傾けると、二層の境界面にそって内部波がゆっくり伝播するのがよく見える。この波が、流体の自由表面をつたわる波に比べてずっと遅い(←減少重力の効果)ことを確認するのが観察の目的である。この比較は目で見て明らかなので、教室でやる実験としてはかなり視覚的効果のある部類に入る。唯一の難点は、準備と後片付けが大変なこと。大概、砂糖水をテーブルの上にこぼして、あちこちべたべたに(しかも緑色に)なる。白いシャツにしみをつけたりするとやっかいなので、なるべくボロい服を着てやる方がいい。

難しいのは、このあと同じ装置を使ってケルビン-ヘルムホルツ不安定を観察することだ。二層の間の流れのシアーによって生ずる圧力勾配が、重力による復元力を上回ると、波は不安定を起こして境界面を渦巻き状に巻き上げる。これを観察するためには、二層の密度差がありすぎてはいけない。重力の効果が強くなりすぎるからだ。しかし、密度差が小さいと、実験を始める前に二つの層がお互いに混じりあいやすくなるので、セットアップに細心の注意が必要となる。しかも、不安定波はわずか数秒しか持続しないので、準備の時間に比べて、結果を鑑賞することのできる時間が短すぎる。

実験をくり返しているうちに水槽の底から水もれが始まり、テーブルの上が緑色になってきたので一旦中止し、来週目止めをしてもう一度やりなおすことにする。

11/12/2002 床屋の腕

KdV方程式の話が出たついでに、もう少し。なぜKdV方程式の導出にこだわるかというと、2点ある。ひとつは、教科書にはKdV方程式そのものは大概載っているが、導出法に触れているものは極めて少ない。孤立波のふるまいを解説するのに、はじめにKdV方程式ありきでは、あまりにも天下りである。もうひとつは、地球流体への応用という点である。漸近展開をするさい、微小なパラメータが2つ以上あるとき、そのパラメータ間の関係を変えることによって、得られる方程式と、そこに表現される物理がかわる。浅水波の例では、現象の縦横比の自乗と、波高と水深の比の2つが微小パラメータである。後者が前者に比べてさらに小さい場合には、得られる方程式はいわゆる線形の波動方程式(非分散)であるが、両者が同程度の大きさの場合、波の長時間の振る舞いの中に、非線形性と分散が効いてくる(KdV方程式)。似たような議論が地球流体のバランス方程式系にも出てくる。地球流体では、たとえばコリオリの加速度に対する流れの渦度の大きさ、流れの渦度に対する発散の大きさ、現象の水平スケールに対する内部ロスビー半径の大きさ、地球の半径に対する現象の水平スケールの大きさ、流体の深さに対する境界層の厚さなど、無次元のパラメータがどっさりあり、これらのあいだにどういう関係を仮定するかで、得られる方程式の性質が異なる。(たとえば、3番目以外をみんな同じオーダーの微小量(ロスビー数)とすると、いわゆる準地衡風モデルが得られる。)多くの可能性の中からKdVタイプの方程式を生み出す組み合わせをみつけて、木星の大赤斑に適用したのが、有名なWilliams & Yamagataの論文である。

髪の毛がのび過ぎてなんともまとまりが悪くなってきたので、久しぶりに床屋にいく。オヤジがひとりでやっている、街で唯一の床屋である。(オヤジは誰に髪を切ってもらっているのだろうか。)もう何年もずっとここで髪を切ってもらっているので、オヤジとはすっかり仲良しである。髪を切っている間は世間話に花を咲かせ、鏡を見ることはほとんどない。いちいち指示しなくても、ちょうどよく切ってくれるから、それでいいのだ。今日もサンクスギビングのターキーの焼きかたなどの話をして、家に返ってくると、家内が突如顔を曇らせ「その髪、ちょっとひどいんじゃない」と言う。子供たちも「Daddy, 頭、変だよ。(もう少し別の言い方がありそうなものだが、日本語があまり得意でないので、仕方がない。)」そこではじめて鏡をのぞきこんで、思わずうなった。たしかに、これでは、鳳啓助ではないか。右耳から左耳の上まで、髪の毛のラインがものの見事に水平に走り、横の方もなんとなくザン切りである。かつてこんなことはなかったぞ。どうした、オヤジ。腕を落としたか。あるいは、たまにはスタイルを変えてみろ、という意味のプラクティカル・ジョークなのだろうか?

11/11/2002 KdV方程式の導出

このあいだ長女の中学校の数学の話を書いたが、こんどはとなりでコンピュータを使いながら、社会の勉強をしている。インターネットを利用して、全米の小中学生を対象にした「株式投資ゲーム」なるものに参加しているのだ。株式というものがどう働いているのかを体験学習するために、実際にある会社の株価変動をfinance.yahoo.comで調べて、自分のポートフォリオを作るのだそうだ。「Appleはここんところ下げ続きだ。」とか、「投資信託はつまらない」とか、いっちょうまえのことを言っているではないか。11歳にして、お金のことにはとんとうとい父親を差し置いて、すでにいろいろなことをよく知っている。しかし、ゲームで高得点を出しているのは、長女よりさらに年下の小学生だったりするらしい。そういうのは、将来名うてのアナリストになるんだろうなあ。

今日の講義はKdV方程式の導出。漸近展開をふんだんに使って運動方程式を単純化していくのだが、ここを教える時はいつもどっかでひっかかる。長々と式変型をして行ったあげく、さいごで相殺するはずの項が消えなかったり、符号が逆だったりすると、どこで間違えたのか遡って調べなければならない。紙の上で計算する時は記録が残っているからいいけれど、狭い黒板を使っての導出では、前に書いたものを次々に消していくので、最初に間違いを犯した場所が分からないことが多く、こうなるとお手上げだ。学生のノートをのぞきこんで、自分がいましがたやったことを確認しなければならない。KdVの導出は特に何十行と式を並べるので、あとで困らないよう、コの字型の黒板の端っこの方からぎゅうぎゅうにつめて書き、なるべく書いたものを消さないようにした。相当注意したつもりだったが、はやりさいごに符号があわず、部屋の反対側の方まで遡ってかろうじて間違いを発見。ほんとうは、古典場の理論を使えば、ハミルトニアンをちょっと変型するだけで、変分原理から方程式がすんなり出てくるのだが、それをするための基礎を教える方がずっと時間がかかるので、あえて泥臭い方法でがまんしている。

ずいぶん昔の論文についての照会が2件、ドイツの研究者と、CalTechの化学の先生から来る。 

11/8/2002 北大西洋の長期変動、回転水槽実験、等々

ふぅーっ。長い話を短く書くと、一週間前に失ったすべてのデータの復旧に成功した。iMacの方は何回か立ち上げなおしているうちに、突如ハードディスクがつながるようになり、 再び不具合がおこる前にただちにデータを別の場所にバックアップ。仕事関係のファイルをすべて抱えたままアクセス不能となっていた外部ハードドライブは、DiskWarriorというMac専用のディスク修理ソフトを使って、ディレクトリを書き直して、なんとか元通りにすることができた。Classic modeでないと走らないのと、ファイルの数が多いと復旧に時間がかかる(80ギガバイトのディスクで約4時間かかった)ことを除けば、「このソフトを使って直せないディスクは捨てた方がいい」と豪語するだけのことはある。修理にかかった実費はソフトの価格の約70ドルで、データ・リカバリー業者に2000ドル払うことを考えれば、安いものである。ちなみに今回の件に関しては、小生も家族も相当一生懸命お祈りをした。神様、ありがとう。そういえば、台所の照明もいつのまにか直っている。

きょうのFaculty Lunchは指名委員側の手違いで、発表者がその場に至るまで決まっていず、しかたなく40分間みんなで静かにお昼を食べるということになるかと思いきや、Gidon Eshelがボランティアを名乗り出て、スライドの類いをほとんど使わずに即興で話を始めた。こういうことのできる仲間がいるというのはなかなか頼もしい。そのGidonの話は、北大西洋の長期変動の構造について。北米東海岸のハッテラス岬沖では、南からのメキシコ湾流が北からの流れにぶつかって東よりに向きを変える。ここに現れる海水面温度の偏差は、近年になって、湾流による熱輸送の偏差によるものらしいことがわかってきた。(北大西洋の他の場所では、大気とのエネルギーのやりとりの方が重要らしい。)湾流の熱輸送量は湾流そのものの強さに比例し、湾流の強さはジャイア規模で変動する温度躍層の深さに比例する。そのため、たとえばジャイアの中心部に近いバミューダ島で測った躍層深度と、ハッテラス沖の海水面温度の偏差との間には、強い正の相関がある。したがって、北大西洋全体に広がる長期的な変動(NAO)を、ハッテラス沖の海水面温度という局所的なデータだけでかなりよく把握することができる。これ自体はNAOのメカニズムを説明しないが、NAOの本質をlow orderモデルで表現するのに有効な一歩であると言えよう。

一時半からのメインセミナーは、Woods Hole海洋研のClaudia Cenedese。中緯度における温度躍層の深さを決める要因を、回転水槽実験で研究しようというもの。風の応力によるエクマン輸送と負の浮力による沈み込みによって生じる子午面循環と、傾圧不安定による水平攪拌効果のつりあいで定常状態に達した時の躍層の傾斜を、流れのパラメータ各種で書き表わそうというのであるが、観察を容易にするために装置の上下をさかさまにし(つまり、海面が底になる)、浮力の効果は機械的な強制で置き換え、底でのエクマン輸送(本来の海面でのエクマン輸送と逆)に打ち勝つべく容器の上から定常的に水を流しこむなど、まあ創意工夫のデパートという感じ。確かに結果が目に見える点で面白いものの、この21世紀の世の中、コンピュータを使わずにわざわざアナログの実験をするからには、それなりのメリットがあってしかるべきだと思うのだが、これだったら数値計算のほうが遥かに楽に、しかも安価に、同等の結果を得られそうである。努力賞というところか。

11/7/2002 中層大気学会

娘達の学校はきのうで第1学期を終了した。学校は9月に始まり6月のはじめまでで、それを4つの学期にわけているので、一学期がわずか2ヶ月半と短い。上のふたりはさっそく成績表をもらってきた。ふたりともまずまずの成績。長女の数学は勉強の成果が出て、学期の始めのテストでB-だったのが、学期全体の成績はA-だった。また、3人とも担任の先生と親との面談があり、こちらもとくに大きな問題はなし。イギリスから帰ってきたばかりなので、子供たちがうまく学校に順応するかなと思っていたが、とりあえずうまくいっているようだ。

月曜日と火曜日は、テキサス州のサンアントニオでアメリカ気象学会の中層大気学会に参加してきた。本当は木曜日までのところ、講義を教えている関係上、一日半の参加となった。サンアントニオはさすがに暖かく、この時期の学会の場所としては悪くなかった。テキサスで3番目に大きい街であるサンアントニオは、80年代にダウンタウンを大幅に再開発し、ホテルや商店が小さな人造の川に沿って立ち並び、その川で船に乗ったり、川沿いに散歩できるようになっており、旅行者には魅力ある空間となっている。食べ物は、どこにいってもほとんどメキシコ料理一色だった。

学会は100人弱が参加し、活況を呈していた。日本からも京大の卒業生の皆さんを中心に6、7人いらしており、活発に議論をされていた。温位・圧力ハイブリッド座標模型を開発された東北大学の岩崎先生とは火曜日のお昼もごいっしょさせていただき、日本の研究環境などについて教えていただいた。みなさん、遠いところお疲れさまでした。めずらしいところでは、小生がワシントン大学でポスドクをしていたとき博士課程の学生だったWoo Kap Choiが、ソウル大学からsabbaticalでやって来ていた。なんと彼はNASAのGoddard Space Flight Centerで小生の学生Jun Maとオフィスを共有していたそうだ。また、クリスチャンの学者として名の通っているRutherford-AppletonのLeslie Gray女史に初めてお目にかかれたのも収穫だった。ほかにもお互いよく知っている研究者が大勢いて、二日間ではとても全員とゆっくり話をしている暇がなく、ちょっと残念。

興味を引いたところでは、Bill Randelの熱帯対流圏界層の話、Dan McKennaのCLAMS化学輸送モデル、Lucy Campbellの重力波パラメタリゼーションを用いたQBOとSAOの研究、Paul Newmanの今年の南極成層圏における突然昇温についての話、Ann Douglassの次世代の観測衛星Auraの話、などなど。小生のポスター発表は火曜の朝だったが、2つのポスターを1時間45分で複数の来訪者に解説するのは、これまた時間が足りない。しかし、Jessica Neu, Kirill Semeniuk, John Knox, Paul Konopka, David Ortland, Doug Allenなど若手が耳を傾けてくれて、それなりのフィードバックをもらった。

火曜の夕方6時の飛行機に飛び乗り、シカゴへと戻る。

11/6/2002 ヨブ記1:21



「私は裸で母の胎から出てきた。 また、裸で私はかしこに帰ろう。 は与え、主は取られる。 の御名はほむべきかな。」


ううむ。ここ数日ほど、なかなか波乱万丈なことになっている。Mac OS X はきわめて安定しているとか書いたとたん、iBookの中のファイルがいくつか開かなくなり、金曜日の夜、データのバックアップを取ってからハードドライブを初期化することにした。システムファイルを新しく入れ替えて、さて、バックアップしたデータを読み戻そうと、外部接続のドライブを立ち上げたが、なぜかシステムに認知されず、デスクトップに現われない。何回やっても同じこと。どうやら、バックアップに使っていたドライブが、まさにそのバックアップの最中に壊れるという不運に見舞われたらしい。Norton Disk Utilityでこのドライブを調べてみると、wrapper volumeが大破しただの、index linkがめちゃくちゃだのと、不吉なエラー・メッセージをどっさり出した挙げ句、修復不可能ですとの最後通告。

iBookの方のデータはシステムファイルを除いてすでに消去ずみなので、つまるところ、小生の手もとから、全てのデータが無くなった。過去10年分の理論研究の成果の記録や講義ノート、メールやアドレスのほとんどが、瞬時にして失われたことになる。幸い、学会に持っていくポスターはすでに出来上がっていたので、ここ2、3日のことには困らないものの、これはちょいと、不都合なことになった。これからはバックアップは面倒がらずに2ケ所に取ろうっと、という反省はとりあえずおいておき、当座を乗り切る作戦を考えなければならない。

インターネットで見つけたいくつかのデータ・リカバリー専門の会社にあたってみたところ、よい知らせと悪い知らせの両方を頂戴した。よい方の知らせは、おそらくバックアップ用のドライブに落としたデータの大半が原理的には修復可能であろうということ。悪い方の知らせは、修復にかかる料金が、どこも2000ドルから3000ドルと、べらぼうに高いことである。どう考えても、データの修復費用がドライブそのものの値段の10倍もするわけはないので、何がなんでもデータを復旧させねば、という顧客の足下をみた、きわめてエグい商売であるといえよう。小生にはそんな大金はどこにもないし、もしあったとしても、そこまでしてデータを復旧したいとも思わない。コンピュータからは失われたかもしれないが、小生の頭の中にはまだ残っているわけだし。

不思議なことに、こういう時にかぎって、家中のハードウェアが一気に調子悪くなる。4年前に買ったiMacはここしばらく不調で、いったんスリープモードに入ると目をさまさなくなったりしていたのが、ついにハードドライブが認知されなくなり、コンピュータを起動しなおしても、スクリーンのまん中にハテナマークが出てくるだけになってしまった。このコンピュータには家内の翻訳の仕事や、Emailの交信記録などが入っているので、これも不便なことである。また、ファイルサーバとして使っている古いベージュのG3も、システムファイルが壊れかかっているのか、何回かに一度はうまく立ち上がらずに途中でフリーズするようになった。そのほか台所の天井の照明灯6個が点灯しなくなったり、学会に出発する日には、腕時計を床に落っことして動かなくなってしまったり。

テクノロジーにたより過ぎのライフスタイルを改めるよう、神様からの忠告かもしれない。

2002年10月の日記へ

(c) 中村昇  2002