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聖書のなかのピリピ人への手紙4章8節に次のようなことが書いてある。 「すべての真実なこと、すべての誉れあること、すべての正しいこと、すべての清いこと、すべての愛すべきこと、すべての評判の良いこと、そのほか徳と言われること、称賛に値することがあるならば、そのようなことに心を留めなさい。」 わたしは日頃からいつも、この聖書の言葉を娘たちのために祈っている。 つまり、娘たちが、彼女たちの生活の中においてすべての真実なこと、誉れあること、正しいこと、清いこと、愛すべきこと、評判の良いこと、徳といわれること、称賛に値すること、そういうことを見い出し、それらのことに心をとめることが出来るようにと祈るのである。 誰の人生にも良いことと悪いことが両方ある。良いことだけの人生も、悪いことだけの人生もありえない。人の幸不幸は、その人の人生がどれだけ多くの良いこと/悪いことで満たされているかで決まるのでなく、その人が自分の人生の中からどれだけの良いこと/悪いことを見つけだし、そこに心を留めるかどうかで決まると思う。 金銭的、物質的に恵まれていても不幸だと感じる人もいれば、そうでなくても幸せに暮らしている人もいる。五体満足で健康な身体をもっていても心が病んでいる人もいれば、障害があっても喜びに溢れて暮らしている人もいる。 私たちは自分の心の中にあることを外の世界にも見つけやすいものだ。 たとえば、私は自分が妊娠したとたん、世の中の妊婦さんにばかり目がとまるようになり、あまりにも多くの妊婦さんが街に溢れているのに驚いたものだった。 また、トヨタのプレビアというミニバンを買おう、と主人と話していた頃には、誰もかれもがプレビアに乗っているかのように町中にプレビアばかりを見つけてしまったものだった。 機嫌がいいときには道端のタンポポをみても「春らしくていいナ」と嬉しくなるし、機嫌が悪いと「そのうちタネになってうちの庭に飛んできたら嫌だな」と不愉快になったりする。 機嫌がいいとその辺に落ちている空缶をみつけてもただ拾ってゴミ箱に捨てられるけれど、機嫌が悪いと「こんなところに缶を捨てたのは誰だ!」と怒鳴りたくなる。 上機嫌は上機嫌を呼び、不機嫌は不機嫌を呼ぶ。 私は娘たちに出来るだけのことをしてやりたいと心底願ってはいるけれど、私が彼女たちに与えてあげられるものには限りがある。 せめて、彼女たちがそのささやかな人生の中からありったけの「良いこと」をみつけだし、毎日を幸せに気持ちよく生きることを学んで欲しいと思う。 そういうのが豊かな人生だと思う。 (2/1998) |