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親ばか子育てのススメ

子育ての「あそび」

自動車のハンドルには「あそび」というものがありますよね、左右に軽くまわしても車軸には影響がでない程度のハンドルの動きの範囲とでもいいますか。

先日、ふとそれが不思議になって、主人に聞いたのです、何のために自動車のハンドルには「あそび」があるのかって。 主人いわく、それはでこぼこの路面の上を走ったときに、その衝撃がいちいちハンドルにまで伝わってきて、ハンドルが取られてしまうことがないように、その衝撃を吸収するためにあるのだということでした。

なるほど。

適度な「あそび」がないと小さなデコボコに自動車が大きくふられて運転が危険になるし、逆に「あそび」が大きすぎるとドライバーのハンドルさばきのコントロールが利かなくなるので、それもまた大変危険なのですね。

最近、子育てにおける「ゆとり」って何なのだろうかといろいろ考えていました。

ストレスがたまって、子供に向かってキレやすくなる母親が増えてくるにしたがってよく言われるのがこの「ゆとり」ですよね。

「ゆとり」をもって子供に接しよう、生活に「ゆとり」をもとう、心の「ゆとり」が大切だ、等々。

何となくわかるのだけれど、具体的には何なんだろうと考えていたのです。 その時に思い出したのがこの自動車のハンドルの「あそび」でした。

私たちは恐らくみんな、子育てについてそれなりの「理想」・「信念」のようなものを持っているだろうと思います。たとえば、うちの子には「ありがとう、ごめんなさい」が素直に言える子供に育って欲しいとか、他人の痛みがわかる子供になって欲しいとか、命の尊さがわかる子供になって欲しいとか、なるべく好き嫌いなく何でも食べられ子供になって欲しいとか、おやつに駄菓子は与えないとか、学校の成績は出来れば偏差値50以上がいいとか(???)… 

私にも、私なりにいろいろこだわっていること、「理想」・「信念」のようなものがあります。私たちが掲げる理想・信念はきっとどれももっともな、良いものだろうと思います。しかし、それに私たちがこだわりすぎるなら、結局は自分で自分の首を絞めることになり、子供にとっても必要以上に大きな負担になるのではという気がしてきました。

例えば3才の子供がたまたま素直にごめんなさいが言えなかったとき、親はどこまで厳しく叱り、しつけるべきでしょうか。

その判断は人それぞれですが、自分なりの基準を設けるにしても、そのときハンドルのあそびのような部分がそこにあってもいいのではないでしょうか? 

個々の状況に応じて、対応の仕方が若干変わることがあっても、いいのではないでしょうか? もしも子育てにそういう「あそび」の部分がないのなら、つまり、基本はこうだけど、多少の融通はきく、という「幅」がないのなら、私たちは子供との日常生活で遭遇するさまざまな出来事に、いちいちふりまわされてしまうでしょう。

もちろんあそびの幅が広すぎてはいけません。子供がすることに対する親の反応の基準が、その時その時でコロコロ変わってしまっては、逆に子供を混乱させることになります。それでは子供は親の言うことなどいい加減だと思うようになり、親はコントロールを失います。

しかし子育ての過程はデコボコだらけの道のようです。そのデコボコをある程度吸収してくれるハンドルの「あそび」があった方がいいと思うのです。

子供がこうしたら、親は絶対にこのように対応しなくてはいけない、という観念から解放され、ある程度の「あそび」を子育て理念のなかに許すなら、私たちももう少しゆとりのある子育てができるのではないか、そんなふうに感じている今日この頃です。

(3/1998)

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